2005年02月25日
トーノZEROアニメ感想舞-HiMEtotal 10359 count

私の好きとあなたの好きは意味が違う、という大道寺知世ちゃん的過激発言!?

Written By: トーノ・ゼロ連絡先

 謎のアニメ感想家(笑)、翼の騎士トーノZEROのアニメ感想行ってみよう!

 今日の舞衣-HiMEの感想。

サブタイトル §

第21話「黒き君、目覚めるとき」

あらすじ §

 なつきは、シアーズ財団のジョン・スミスから、彼女の母の真相を聞かされます。彼女は、母によってシアーズに売られようとしていたことが分かります。

 ふぬけた彼女を、奈緒が襲いますが反撃もしません。

 それを、生徒会長が姫である正体を明かして助けに入り、鬼のように奈緒を倒しますが殺しはしません。

 舞衣は、黒曜の君として覚醒した黎人に、それと知らずに助けられます。

 炎は、黎人に忠誠の言葉を述べます。

 理事長は碧に鍵を託し、黒曜の君のところに行きます。そして、冥府の女王、水晶の姫としての正体を現し、メイドと共に戦いますが敗北します。

 黒曜の君は、これからは自分が全てを取り仕切ると宣言します。

感想 §

 最も肝心な戦いを描かないという大胆さ。

 いかにして理事長が敗北したのかという今回のクライマックスに位置づけられる戦いが、ほとんど描かれることなく終わっています。宇宙まで行った舞衣がいかにして勝利して帰ってきたのかが全くと言って良いほどに描かれなかったことと同質のパターンが繰り返されています。

 それは、おそらくは多くの純真な視聴者、つまりは良心的創造的作品にすべからく内包されるうる「毒」に対して不慣れでありすぎる精神的な子供達(たとえ実年齢が40だろうと50だろうと)には理解できないことでしょう。

 しかし、この作品における戦いの持つ意味、価値などその程度のことに過ぎないのでしょう。力と力がぶつかり合い、暴力的に勝敗が決することなど、しょせんは前座。真の見せ場に至る一通過点に過ぎません。

 というような観点から見た時、「なかなかやってくれるじゃないか、嬉しいぞ」という感想を抑えられません。もちろん、その皮肉な喜びとは、これまでこの作品を指示してきた多くのファン層が戸惑い、疑問を抱くこととの裏返しと言えます。そう、これは君たちが思っているような作品ではないのだよ、最初からね。これまでは、上手く凶悪な真の姿を上手く包み込んで、口当たりの良さを見せかけて多くの視聴者の心に入り込んでいたけれど、ここでうっかりと真の姿を見せてしまったのかもしれません。

更に感想 §

 前回の感想で、黎人にすがる舞衣はずるい選択であるということを書いていますが、今回の内容で明らかになったことは、黎人は舞衣にも増してずるいということです。彼はとっくに黒曜の君として覚醒し、全てを把握しているはずなのに、それをおくびにも出さず、舞衣の心を掌握しようという陰謀を巡らしています。それを成就するために必要な態度を、きちんと演じて見せています。実に奥が深いですね。

 また、理事長もなかなか素敵な見せ場を作ってくれていますね。彼女が、一番地の忠実な手下ではないことは、日本風の一番地の黒幕達と異なり西洋風のファッションであることで暗示されていましたが、こんなにもストレートに戦ってくれるとは。しかも、車椅子から立ち上がるという、ビジュアル的にインパクトのある演出付き!

ようこそ、ジョン・スミス君! §

 シアーズのジョン・スミスという人物が出てきますが、この名前が良いですね。

 いかにも無個性でよくある名前ということで、あからさまに偽名です。あからさまな偽名を、偽名として分かるように使っているということが、彼の立場を表しています。

 これもこの作品の凶悪な面がちらりと覗いてしまった部分だと思います。このシーンの意味を解釈するには、ジョン・スミスという名前の持つ意味を知っていなければなりません。それは、さほど難しい話ではなく、おそらく小説などを読んでいれば比較的容易に知り得る情報だと思います。しかし、アニメしか見ないような視聴者には、もしかしたらハードルが高いかもしれません。私としては、それはそれでOKであり、付いてきたければ精進せよ、と視聴者に要求する作品は痛快です。もちろん、それは凶悪ではない、という意味ではありません。凶悪さこそが痛快であるという喜びの表明です。

今回の名台詞 §

生徒会長「うちの好きとあんたの好きとは違うんどす」

 うろ覚えなので、正しくないかもしれませんが。

 カードキャプターさくらの原作に、これに類似した台詞があったように思います。カードキャプターさくらは特に好きな作品でもなく、さほど高くは評価していませんが、たまたまそれが載っている巻だけ見たことがあるような気がします。これは、主人公のさくらちゃんの親友の大道寺知世ちゃんが独り言として言う台詞です。つまり、さくらちゃんが知世ちゃんに対して言う「好き」とは友達に対する「好き」であるのに対して、知世ちゃんがさくらちゃんに言う「好き」は同性愛的な恋愛感情の表明であると。そのような、極めて過激な趣旨を、極めて綺麗かつ間接的に述べた非常に良い台詞です。

 そして、TVアニメ版では、この台詞が削られていました。

 ああ、これほどの台詞はTVでは放送できないのであろうか!?

 しかし、この作品ではまさにそれと同じ台詞を、まさに同じシチュエーションにおいて語らせてしまいましたね。偉大な成果だと思います。たとえ、放送される時間帯が違うことにより、インパクトの大きさが違うにせよ。

 つまりは、この台詞も、ある主の凶悪さの発露だと思います。

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