2009年09月22日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記total 2058 count

松原/赤堤に「水車線O号」電柱はまだ存在するだろうか?

Written By: 川俣 晶連絡先

 昨日は、梅ヶ丘駅前の道路の調査の続きに世田谷の中央図書館に行きましたが、あまり良い結果は得られません。それ以前に、連休だからか、椅子がほとんど埋まっているほど混雑していて、ゆっくり本もチェックできません。

 しかし、別の収穫がありました。

 「世田谷の地名 昭和59年3月10日発行 世田谷区教育委員会」より

1915 大正4

5月、京王電車の新宿̃調布聞が開通した。のち松原2丁目20番に「まつばら駅」が置かれた。この駅は昭和8年井の頭線との連絡駅にするため東に移動して「めいだいまえ駅」と改称された。また、しばらくしてから、今の赤堤2丁目1番にあった水車を電力に変えるとき、その電線を線路際、から引くにあたって、その沿線の家で電柱にする杉柱を無償提供すると、工事費なしでその家に電灯を供給してくれた。それが松原に電灯のともった最初であるという。その故に今でも電柱には「水車線O号」という標示が用いられている。(古老上保重幸氏談)、因に当時の農家の電灯は1軒に5燭光1個というのが普通であった。

 「今の赤堤2丁目1番にあった水車」とは、どうやら「水車池田米店」のようです。以前から気になってはいましたが、「水車池田米店」の近くの道は何回か歩いたことがありますが、その前は歩いたことがないような気がします。

 というわけで、問題は「水車線O号」です。この文章は「今でも」と書かれていますが、この文章の今は「昭和59年頃」です。それから20年以上は経過しています。今でも、「水車線O号」電柱はあるのでしょうか。

 ちょっと気になります。

余談・電柱趣味 §

 高圧送電線の鉄塔を追いかける趣味とは似て非なるものに、電柱を追いかける趣味もあります。前から気になっていますが、まさかここで電柱の話題に遭遇するとは。

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