突然思いついたので書いておきます。
ガミラス星で浮上後のヤマトを襲ったのは、「天井都市の全ビルをミサイルとしてヤマトの頭上に見舞うのだ」ということで、以下のことが分かります。
- 少なくとも天井都市の全ビルは切り離せる
- 爆弾ではなくミサイルと言っている以上、全ビルには推進力がある
- その場のデスラーの思いつきで武器として使用されただけである
ということは、以下のことが推定できます。
- 宇宙船として使用できるビルが大量に武器としての用途を想定せずに建造されている
では、本来の用途は何でしょうか?
それは脱出用だろう §
移住先が決まったらガミラス人を乗せてビルごと飛んでいく脱出用でしょう。
つまり、復活編でヤマトが守った移民船のガミラス版がこれらのビルだったと考えられます。
実はそう考えるとスペース1999のエクソダス計画との類似性をも指摘できますが、それはさておき。ちなみに、計画性があるという点で、ギャラクティカの船団よりもスペース1999の方が近いような気がします。
この考えは、デスラー艦がそもそもデスラー総統府の天井ビルであったことからもうなずけます。このビルだけはなぜかミサイルとしては使われていないのです。また地球が確保できない以上、出発できずに待っていたことも分かります。
ところが §
しかし、デスラーはそれをヤマト攻撃に使ってしまうわけです。しかも、全ビルをヤマトの頭上から襲えと言っています。つまり、この時点でガミラス人の移住という構想は崩れます。移住用のフネをすべて攻撃に使って消耗しろと言っているのです。この時点でデスラーが狂っているという考えを持ってもおかしくないわけです。
ですが、最初から同胞の生死などどうでも良いのだ、と思えばこの措置もうなずけます。デスラーは戦争をしたかったから、下らない飲み物にも怒ります。デスラーにとって重要なことは勝敗だけであり、その過程でいくら味方が死んでも関係ないわけです。極端なことを言えば、勝てさえすればガミラスが滅んでも構わないわけです。自分の帝国など、いくらでも再建できるということでしょう。
ちなみに、勝敗だけを気にして同胞をいくら犠牲にしても気にしない精神はバラン星のドメルの精神と同様です。ドメルがデスラーのお気に入りというわけです。
(ついでに、大帝からお預かりした大切な駆逐艦ごとデスラー砲で撃つこともね)
神様の姿を隠したのは誰か §
ヤマト1隻で惑星1つを壊滅させられる訳がありません。明らかに、天井都市のビルが飛んできたとき、かなりの割合は外れて地上の都市を破壊しています。また、勝利に終わっても移民用の宇宙船を消耗してしまえば、大多数のガミラス人はどのみち星と運命を共にして死ぬのです。
その意味で古代がくそでも食らえと銃を投げようと雪が「神様の姿が見えない」と泣こうと彼らの心がけてガミラスを救うことはできなかったのだろう、と言えます。つまり、このシーンは古代や雪の思い上がりです。彼らがいくら思慮や判断力を持ってヤマトを操ってもガミラスは救えません。デスラーがああいう性格である以上、「ガミラス人の未来」を最後の武器として消耗してしまったことにおそらく原因があります。
感想 §
……と書いてしまうと、あのシーンの感動がどんどん遠のいていきます。その代わり、デスラーの冷徹さが浮かび上がってくる感じです。最終的に古代がデスラーから気に入られたからいいようなものの、そうでなければ古代も残忍に切り裂かれていたのかも。