松本零士の父親は陸軍パイロットだった、という話を耳にしてぽろっと目から鱗が落ちました。
むかしむかし §
Nifty-Serveのようなパソコン通信全盛期にGF長官というペンネームの人が書いたヤマト小説を発見し、面白く読んだ記憶があります。
特に、「戦艦＜アンドロメダ＞の生涯」ですね。これはヤマトの発進が失敗したifの歴史を扱うもので、ヤマトではなくアンドロメダと土方艦長が地球を守る小説です。
その一部をここに書いてみましょう。
「申し訳ありません。提督がいらっしゃらない時にこの艦にもしもの事があってはいけないと思って、陸助どもを追っ払ったのです。もし今回の事で国防省が何か言ってきたら、私を罷免して下さい。辞表はしたためてあります」
そう言いながら、参謀は内懐から墨痕鮮やかに「辞表」と書かれた封書を土方に手渡した。
さて、ここでポイントは「陸助」という用語です。これは、陸軍軽視、蔑視の用語です。
似たような書き方は、「さつき3号、浮上せず―龍馬の息子たち (ソノラマ文庫)」でも見た記憶があります。名前を偽った陸軍の軍人を海軍の軍人が「海軍で階級に殿はつけない」と見破ったりするバカな悪役、やられ役です。
それは火種である §
しかし、こういう言い方をされて旧陸軍関係者が面白いわけがありません。
実際、陸軍が全員バカであったり、悪であったりするわけではありません。ある程度の規模を持つ組織で、そのようなことはありません。
そして、そのような侮蔑は、旧陸軍軍人当事者よりも、そのような人間を信奉する周囲の者を熱くする可能性があります。
松本零士という人物はここに位置づけられます。
松本零士作品に見る陸海空 §
私見ですが、おそらく空>陸>海の順に多いような気がします。まず、尊敬する人間がパイロットであり、時代的にも空があこがれである時代なので、やはり空が多いのでしょう。一方で、戦場漫画シリーズなどで海を舞台にした作品はあまり多くないという印象があります。
つまり、もともと大陸系冒険の系譜の文化上にあるのではないかと思えますが、おそらく多数派のヤマトの関係者は海洋系文化の系譜上にあります。
この2つは決定的に違います。
- 大陸系冒険は、大陸の文明国に乗り出していく「のらくろ」等の系譜である。一方、海洋系冒険は海を越えて蛮族の国に至る「冒険ダン吉」等の系譜である
- 大陸系冒険は陸軍の進出方向と重なる、海洋系冒険は海軍の進出方向と重なる
- 大陸系冒険と陸軍、海洋系冒険と海軍は密接に結びついている
しかし、宇宙戦艦ヤマトがまず帰属するのは「海洋冒険側」です。なぜなら、ヤマトの前身となる大和が海軍の軍艦だからです。
それにも関わらず、本来陸軍系である松本零士氏がヤマトを担いでしまった矛盾によって、問題はこじれていきます。
つまり、ここで互換性のない陸海軍対立の問題が尾を引いていて、そもそも当たり前のさりげない言葉ですら必ずしも意思疎通できないという問題が生じます。
2世問題 §
ここで輪を掛けて問題をこじらせているのが、従軍関係者の2世が多いと考えられる点です。彼らは親やおじさんの従軍体験談を聞いて育ちますが、戦争には間に合いません。従って、従軍体験談を聞いたままに受け入れて、実体験で修正することができません。つまり、認識や解釈が硬直的になりやすいとも言えます。言い換えれば、妥協しにくく、話をこじらせやすいとも言えます。
ちなみに、私は更にその子供の世代であり、おそらくその意味で3世ですが、ここまで離れると「戦争体験は文献から再構築して推定するもの」になり、新資料でいくらでも変更できる柔軟性が出てきます。(まあ柔軟ではない人もいますが)
まとめ §
というわけで、問題はよくある陸海軍対立の図式に遠因があるような気がしてきました。海軍が「鼻持ちならないエリート気取りの集団」であり、陸軍が「想像力もない偏狭な連中」と見られてしまう状況が何となく見えてくるとね。それが決定的な対立だったことも良く分かります。
たとえば海軍、三菱系の本を見ると「中島が傑作機九六艦戦のパチモンを作って九七戦とか言ってると」とバカにしていたりするのに対して、陸軍、中島系の本を見ると「海軍の九六艦戦に勝てる優秀機の九七戦を作って偉いぞ」と褒めていたりするわけですね。あくまで架空の事例ですが、そういう意味のない対立はいくらでもあって、ただでさえ乏しい国力を削いでしまったのでしょう。
ただ最終的にヤマトの問題でおそらく海洋冒険系の西崎さんが勝ったのは象徴的でしょう。やはり大和は海軍のものだったから。
