「古代はデスラーから見て愛した女を奪った男の弟だ」
「え?」
「分かりにくいから紐解こう」
「うん」
「デスラーが愛したのはスターシャだ」
「そうだね」
「スターシャが愛したのは古代守だ」
「うん。そうなるね」
「古代守の弟が古代進だ」
「そういう設定だね」
「ということはだ。古代進は、デスラーから見ると愛した女が愛した男の弟なんだよ」
「ややこしいね」
「問題はこの先だ」
「というと?」
「古代守の存在は、デスラーも知っていたはずだ」
「もともとガミラスの捕虜だしね」
「どこまで把握していたかは分からないが、知っていても不思議ではない立場だ」
「うん」
「そして、少なくとも新たなる旅立ちの時点で、古代守が恋敵であり、しかも既に子どもがいて自分がスターシャ争奪戦に敗北したことを把握しているはずだ」
「うん」
「それでもスターシャを守って命を投げ出すから新たなる旅立ちというのは見応えがあるんだ」
「飛来するヤマトの艦載機隊が救世主の騎兵隊に見えるわけだね」
「インデアンに襲撃されているところに来る騎兵隊みたいなものだ」
「インデアンという呼称も、侵略者の白人をヒーロー扱いするのも嘘くさいけどね」
「そういう意味で、艦上機ではなく艦載機と書くのも嘘くさいぞ。世界は全て嘘で出来ている」
「ヤマトも野菜泥棒だしな」
「話を戻そう。というわけで、古代とデスラーの奇妙な友情って奴は、実は背景にそういう前提があるんだ」
「そうか。考えてみると難しい微妙な関係だね」
「でもさ。実はその微妙さってのは、スターシャが死んで実は安定するんだ」
「というと?」
「スターシャを死なせてしまった責任の一端はデスラーにも古代進にもある。デスラーから見て愛した女であり、古代から見れば恩人であり兄の愛した女性だ。それを死なせてしまった負い目は、2人とも抱え込むことになる。しかも、2人ともスターシャは自分の女ではないから、かなり屈折してしまう。しかし、この特殊な感情は2人にしか分からない。だから、デスラーと古代は理屈では対立するが相手の心情を理解できる唯一の相手となり、たとえ対立しても最終的に味方であり続ける。ヤマトIIIでガルマンガミラスに敵対する場面は多いが、最終的に完結編で古代は花束を投げに行って、デスラーはフィルムではカットされているがヤマトのピンチに駆けつけて守ってくれる」
「なるほど」
「だから、新たなる旅立ちの前と後では2人の関係は同じではないんだよ」
「そうか。前は基本的に好敵手だけど、後ではそれを踏み越えて違う関係に入って行く訳か」
「うん。そうだ。だから、そう考えると古代の物語はデスラー抜きには語れない。それゆえに、そういう意味で復活編は重要なピースが欠けていると言えるのかもしれない」
「そうか、やはり無念なんだね」
「しかし、逆から見ると重要なピースが欠落していても、それでも理想に殉じられるかが復活編だとも言える」
「雪という重要なピースが欠落している映画でもあるしね」
「そういう意味で、喪失後の物語であるとすれば、デスラーも不在でいいのかもしれない」