「オタク文化の一部はアートの領域に入り込んでいる」
「なぜそう言えるの?」
「東京都現代美術館では、庵野秀明の特撮展をやっている。既に領域は重なっているのだが、これは最初というわけではない。既にアニメ関連、連動企画は数多い。たとえば、押井映画のイノセンス連動で球体関節人形展などが行われた実績がある」
「なるほど。具体的な根拠があっての話なのだね」
「ただし、ここでは2つほど注意点がある」
「なんだい?」
- アート側からハードルを下げてもらっている側面はある。集客のために人気テーマを利用することは1つの定番である。アートを曲げても集客が必用とされるケースもある
- ありのままのオタクがそのままアートとして承認されたわけではない
「ハードルってどういうこと?」
「たとえば、歴史博物館で夏休みに『鉄道の歴史展』をやって子供達を呼ぼうとするのと同じだな。そこは人気テーマをあえて使ってくるわけだ」
「じゃあ、ありのままのオタクが承認されていないとは?」
「特に突出した上層の一部がアートの領域に隣接してしまっただけで、変化しようとしない大多数のオタクは接点も何もない」
「変化して上を目指す意欲のある一握りの一部だけがアートに隣接したわけだね」
「そうだ。口をあけて待っているだけでは社会的なヒエラルキーを上がっていけない。不当な差別は解消されて、ある程度の評価は得られるかもしれないが、個々人がそこから上には行けるわけではない」
「そうか。じゃあ表題のヤマトがアートになる日は有り得ると思うわけ?」
「どこかの美術館で宇宙戦艦ヤマト展が行われる可能性は否定できない。たとえが、Proud of Yamatoを持ち込んで口説いたら『やりましょう』という美術館が出てくる可能性はある、と思う」
「なるほど。それだけの中身はありそうだね」
「でも、それでヤマトファンの全員がアート界に所属していることが承認される……わけではない。ヤマトという作品がアート作品であると承認されるわけでもない」
「美術の教科書にヤマトが載る時代が来るわけでもないのだね」
「そうだな。ヤマトにも熱気のないどうでもいい絵はあるし、全体として高い評価を得るのは無理だろうし」
オマケ §
「結局、美術館に行くことが定番行動になってしまった時点で、自分の立ち位置が模型側からアート側に軸足が移ってしまったのかも知れない」
「モデルアート?」
「いや、それは違うから。いや違わないのか? やたらでかくて高いHyperWaeponを別冊で出しているぐらいだから」
「でも、そんなにアート側なの?」
「なんちゃってアート鑑賞家に過ぎないけどな」
「どうしてそう言えるの?」
「東京都現代美術館とか、既に行った回数は忘れてしまったほどだ。清澄白河駅からてくてく歩いて」
「あえて聞く。君のおすすめの美術館はあるかい?」
「アニメ特撮系の企画が多いという意味で、東京都現代美術館は取っつきやすいだろう」
「他には?」
「もし新宿を経由して通勤しているなら東郷青児美術館もお勧め。比較的入場料が安く比較的空いている。場所も新宿西口の高層ビル街で便利。しかも、東郷青児の美少女画は少女漫画的な少女画と相通じるところがあって、取っつきやすい可能性がある。まあいつも東郷青児展をやってるわけではないが」
「逆にお勧めではないものは?」
「上野の国立博物館。細田版時をかける少女にそれっぽい美術館が出てくるが、あれは行かない方がいい」
「なぜ?」
「行列で待たされすぎるし、人が多すぎてなかなか美術品が見えない」
「えー」
「展示物も施設も一級品なんだけどね。展示物のライティングとかそれはそれは上手い。でも、混み具合も一級品だ」
「ひ~」
オマケ2 §
「あえて上野でお勧めは?」
「国立博物館だと裏の池が静かでいいぞ。でなければ、国立西洋美術館がけっこう好きだ」
「次から次へと名前が出てくるね」
「それほど詳しくはない。なにしろ、国立博物館は全部まわってないし、行ってない美術館も多い」
「それでもかよ」