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2012年09月05日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記total 1372 count

桜上水の砂利取卸設備はあの三角地帯なのか!?

Written By: 川俣 晶連絡先

 上北沢のトロッコの方の素晴らしい考察です。

Subject: 桜上水の砂利取卸設備は何処にあったのか?

Keyword: 【▲→川俣晶の縁側→歴史と文化→下高井戸周辺史雑記】

URL: http://mag.autumn.org/Content.modf?id=20120902115451

本文:

川俣様

またまたのお取り上げ、大変恐縮で御座います。

貨物電車の件、自分なりのまとめを考えて見ました。

桜上水の砂利積み下ろし施設(場所)

1・

特段の設備は無かった(遺構も話も聞いたことが無い)たぶん、線路ワキの空地程度の空間のことかと。

2・鉄道員の話の癖で、本体(貨物)と接近してくる急行の間にある場内信号という表現は、場内信号より内方(この場合は新宿方)を指す場合が多い。そのため、この話では、場内信号の内方(構内・待避線とホームのある区域)か、それより新宿方の可能性が大きい

3・急行が(どの電車でも)場内から駅停車、発車までの時間は2分位しかない

4・当時の信号設備では、三位三現示(赤・橙・緑)なので、先行列車からの時間的な余裕は2~3分が限界・急行を余計に停車させないとすると、急行が場内辺りに来た時には、貨車は発車しなければならない(貨車は足が遅い上、砂利と言う荷重がある)

5・全速で発車しても、下高井戸側のゆるやかな上り坂がある(逆に、下高井戸でスピードが出ているのはその坂を下って、加速がついているからかと。しかし急行に追われ、下高井戸の新宿側に火薬庫前の坂があるため、全速力を出さないと追いつかれてしまう

6・時間差の観点から、桜上水の駅または車庫の東側に取り卸場があったと思われる

7・砂利の取り卸は、線路のほうが高い方が楽

8.甲州街道にアクセスするならば、桜上水駅の至近から東側の方が、その他より利便性が高い

9・取おろした砂利の行く先の疑問(未解決)

10・線路と隣接する道路との間が、空いていなければいけない(取卸場が存在できない)

11・桜上水の西側は、北側側線がらみの土地は開業当時から車庫・修繕庫用地で、西のはずれには開業初期には転車台が設置されていた模様。また、南側は切り通し(かつての桜上水1号踏切・車庫の西のきわにあった・も、線路がくぼ地で前後が階段だった)そのため、取卸には向かない

12・車庫・駅用地・修繕庫を除いた線路北側にある、道路とのある程度の間隔がある土地は1箇所しかない

というわけで、存在したかも知れないところは、北沢用水桜上水支流(京王の引込み線の東側を流れている開渠のある用水)から、下高井戸がわの三角の地形の土地のような気がしております。あすこは、線路より若干下がり気味ですし、甲州街道へのアクセスは良いし、車庫にはかからない用水・本線路・道路に囲まれた結構不自然な一角ですし、かつては(川俣様も触れられた)南への踏切も存在していました・なんといっても、あの地点は線路はL(勾配が殆ど無い)。列車の停車には絶好な条件でもあります(厳密には、水平ではありません。下高井戸側のすぐに勾配がありますため、緩衝勾配になっています)

砂利の行方は皆目見当がつきませんが、たとえば荒玉水道整備とか、甲州街道整備とか、宅地造成用材とかが考えられます。京王の線路用砂利かもしれません。ただ、確実なのは山手新宿の西側というより、杉並・世田谷の境目からの砂利の供給のための設備と考えた方がよさそうです。

川俣様のご考察とは、若干異なりますが、悪しからず願います。

つらつらと、又も失礼いたしました。

追伸

「て」様のお話の、下高井戸駅の曲線改良は、開業から3度は行っているはずです。

現在のカーブの前は、踏み切り(下高井戸1号・大踏切)から18メートル車約5台分(90メートル)辺りがカーブの起点でした。現在は60メートル(20メートル車3台分)あたりが起点のようです。(カーブをゆるくしています。)

1代前のカーブは、通過列車の制限速度が65Km/hだったと思います。

霧の深夜、下高井戸の下りホームで電車待ち。

上り線を出発する乗客もまばらな緑色の電車が、物凄い空転と火花を散らしながら、新宿方向に加速していったのを見たのが、つい昨日のように思い出されます。

おやすみなさいませ。

追伸

線路の曲線改良の場合、どこでもそうですが、在来のカーブの始点・終点を離してカーブをゆるくします。つまり、在来のカーブの内側に新しい線路が敷設されます。

(この場合、京王本線の下高井戸の西側に立って、東側(新宿側)を見たとき、在来の線路より新規の線路が左側になるわけです。)

下高井戸の曲線改良の時も、たしか上り線のホームが仮ホームになり、その仮ホームの下に新線(現在線路)が敷設されていました。

ご参考までに。

取り急ぎ、失礼致します。

 なるほど。想定されている場所は、こちらが考えた候補地の1つと一致します。可能性としてはありそうですね。

余談 §

 ちょっと記憶が曖昧ですが、京王が単線から複線になったときに下高井戸の曲線がよりきつく付け直されているような感じを地図の重ね合わせて見たような記憶があるのですが、既に定かではないので事実か分かりません。(単なる思い込みかもしれない)

 ただ、初期の京王は急曲線に対する禁忌感があまり無いようです。天神橋のSカーブもそうですし、調布駅の玉川に向かう旧線もかなりの急角度で90度曲がっています。

 一般論としては仰るとおりで、曲線の改良工事は曲線の緩和が当然だと思いますが、大正期に限っては有り得たかも知れないと想像しています。

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