「さて、【電鉄は聖地をめざす 都市と鉄道の日本近代史 (講談社選書メチエ)】を一気に読んだので感想を書いておくか」
「なぜ今まで読まなかったの?」
「ちょっと違う方向を見ているのかなという印象があってね」
「なぜ今になって読んだの?」
「誉めているつぶやきをTwitterで見てね」
「それだけかい」
「それだけ」
「で、読んでどうだった?」
「こちらの立場から言うと、私鉄の始祖としての小林十三はほとんど話題にならない。意識したこともない。神格化されているという話も初めて知った」
「君は京王しか見てないからね」
「京王からすると意識する相手は西武の堤であり、東急の後藤だからね。関西はほとんど意識する相手にならない」
「それで?」
「でも気になる話は書いてあった。この手の電鉄は郊外から都心に通勤する客を運ぶために建設されたと信じている人が多いがそれは事実ではないと強調されているのを見て、【当たり前だろ】としか言えなかった。ちゃんと史料を調べていたら多くの電鉄は通勤のために建設されたわけではないことがすぐ分かる」
「なるほど。そこは【ちょっと世の研究者はもっと真面目にやってよ】と思っちゃうわけだね」
「まあ、神格化された小林十三を前提に歴史を見る人にはそう見えるのも知れないがね。京王を見ているとそんな解釈には全く行かない」
「京王は東京と八王子を結ぶから京王で、住宅地と東京を結んでいるわけでは無いのだね」
「まあ、その話はともかくとして、実はこの本は予想の十倍ぐらい有益だった」
「それはどうして?」
「この本、表面的には自分の興味領域とは全く接点がない」
「京王も多摩も出てこないわけだね」
「ところが、興味領域にヒットするような話題が連発している」
「たとえば?」
「寺社と電鉄の関係とかね。京王帝国の興亡: 激動の多摩丘陵百年史 を書いた時、多摩動物公園建設と高幡不動駅の位置をずらすときに高幡不動尊の神主が尽力した話を書いたけど、その時に寺社と電鉄の間には特別な関係があることがひしひしと感じられた。そもそも、高幡不動尊の門前町は本来は日野方面に伸びていたらしいが、高幡不動駅ができて、駅の方に新しい門前町ができたらしい」
「他には?」
「20世紀型都市大都市モデルを相対化する必要があるという指摘は、多摩丘陵を歩いて感じる限界感から生じる感想と同じようなものかもしれない。昔のモデルではもうここを語れない。だからこそ、多摩・八王子・拡張武蔵野(エクステンシノ): 国木田独歩没後111周年企画という本を書いた」
「予想の十倍ぐらいってことはもっとあるだろう?」
「うん。実は参拝の後で飲食などを行うことを【精進落とし】と言うが、昔は【精進落とし】に女を抱くことも含まれていたと初めて知ったよ。これは高尾の色町の問題を考える上で重要だ」
「つまり、高尾山の薬王院に行った帰りにムフフなお楽しみがあってもおかしくないわけだね」
「そう。今でも高尾山口のあたりにラブホテルはあるしね。国道20号を少し行くと高尾山IC附近にラブホテル街があるが、これは高尾山ICができる前からあるような印象なのだ」
「インターチェンジ付近のラブホテル街とはやや違う印象なのだね?」
「詳細は未検証だけどね」
「それは君とどう関係するの?」
「高尾研究とも関係するが、ハイキングの歴史【改訂版】: 登山、行軍、そして探勝で述べたようなデートコースとしてのハイキングコースのゴールとも関係する」
「デートコースならゴールにムフフな施設がないとおかしいわけだね」
「そう、健全さを偽装した不健全なハイキングなのだ」
「それでおしまい?」
「細かいことはいろいろあるが、参考文献が助かるね。いちいち注釈が付いていてどの書籍を参考にしたのか分かる。古書だと高くないので実は2冊ほどネットでオーダーしてしまった」
「わーい。まだまだ続くわけだね」
「おっと。言い忘れたが京王電気軌道の墓地用の土地買収とは何かもあったな。まさか、ここにきて【みみずのたはごと】に戻ってくるとは思わなかった」
「君は【みみずのたはごと】を読んだはずだろ?」
「うん。実は京王線建設の人夫が起こしたレイプの話の手前の段落の話だったのだ。レイプのインパクトが大きすぎて見過ごしていた。いやー、失敗失敗」
「ダメじゃん」