2019年06月03日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記total 457 count

富士見ヶ丘・都市化構想の仮説

Written By: 川俣 晶連絡先

「富士見ヶ丘の車庫の外側の道をぐるっと自転車でまわってきたのだがね」

「うん。それで?」

「実は思ったより平地が広いことに気付いた。かなり広い。井の頭線の車庫の分だけでもかなり広いが住宅地もかなり広い。川向こうの土地もかなり高いような気がしていたがそうでもなかった。そこにも拡張しようと思えば拡張できる」

「それに意味があるの?」

「そう。京王の未成線。新宿~富士見ヶ丘~南武線方面の路線が完成したら乗換駅が作れるどころではない。周辺に大市街地も作れるだろう」

「でもさ、流行っているのは久我山の方だよ」

「富士見ヶ丘の車庫の西は事実上久我山さ」

「じゃあ、キミは何を感じたの?」

「京王の未成線は第2の京王線、大型車両が走る井の頭線に匹敵する新式路線として構想されたものではないか。とすれば、その路線と井の頭線の交点の富士見ヶ丘こそが京王の心臓部。ここに本社を移転してもおかしくないぐらいの場所ではないだろうか。そして、下北沢に匹敵する大市街地に発展させる構想があったのではないだろうか」

「実際はそうなっていないよ」

「主戦場が多摩に移動してしまったからね。だから京王は相模原線を作った。そして、本社は聖蹟桜ヶ丘に行ってしまった。多摩方面が主戦場だからね」

「つまり、多摩ニュータウンの構想がなかったら、聖蹟桜ヶ丘にあったような市街地が、富士見ヶ丘にできていた可能性があるわけだね」

「可能性な。まだあくまでアイデアの段階で何の裏付けも無いのだけどね」

オマケ §

「で、なぜこんな話が出てきた」

「この本を書いて富士見ヶ丘の可能性に目覚めた。富士見ヶ丘には何かがある」

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