「いやー。こういうことを言った時点で山ほど事例があって取捨選択に迷ったが、言った後でも更に事例が集まるから驚くばかりだ」
「そんなにヤマト2202には微妙感があるのかよ」
「たとえばさ。ヤマト2202への非難に対する批判に『自分も納得できないところはあるが、それはあまりにも酷すぎる』という言い方を見る機会もあったりするわけだ」
「それはどいう意味だい?」
「作品を楽しんでいる人の楽しみに水を差すような行為は不作法である、と怒っているのだよ」
「作品は肯定するということ?」
「そうじゃない。こういう意見で否定されているのは『せっかく楽しんでいる人がいるのに水を差す行為』であって、作品の評価は別なのだよ。そして、こういう意見の持ち主はおおむね肯定的に作品を受け入れているが全肯定までは行っていない」
「一部は納得できていない、ということだね」
「おそらくね」
「じゃあ、消極的肯定?」
「おそらく、80点ないし90点の肯定だろうと思うよ」
「でも、100点ではないのだね?」
「うん。だから、どこかで『おまえの不満は少しだけ理解できるが、その態度はなっとらん』というニュアンスを感じた」
「メンタリティ(の一部)は同じだな、ってことだね」
「そう。メンタリティは同じか違うかという二分的な理解では永遠に到達できない微妙な世界に行ってしまっている」
「真相は、真とも偽とも割り切れない、真と偽の中間にあるわけだね」
「そうだ。白黒がはっきり付かない世界が現実そのもの」
「つまり、声に出して『こんなのヤマトじゃない』とまで言える人は実は少数派であってあまり典型的ではないわけだね?」
「そうだろうな。明確な否定を声に出してまで言う人はやはり少数派だろう。多数派はおそらく、微妙な曖昧領域にいる。ヤマト2202に付けた点数が90点なのか10点なのかは知らないがね」
「でも、多数派は100点も0点も付けていないってことだね?」
「おそらくな」
オマケ §
「じゃあさ。君ならヤマト2202に何点を付けるんだ?」
「それを聞いて地獄への扉を開けたいか?」
「やめとく」
オマケ2 §
「100点でも0点でもない人が多いのはヤマト2202の特徴?」
「いや、ヤマト2199でも大差ないと思うよ」
「じゃあさ。なぜヤマト2199の方が支持が厚かったと思う?」
「実はあのとき【ヤマト復活という奇跡】を見ていた客と、【ヤマト2199】を見ていた客が二種類いるのだ。前者の客は作品の出来は二の次で、ともかく復活したという事実に興奮していたわけだ」
「今度は、もう奇跡の復活では無いからその客層は見込めないわけだね」