2004年02月27日
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サブカルチャー文学論 大塚英志 朝日新聞社

Written By: 川俣 晶連絡先

 最初に結論を書きます。

 実に面白い本でした。途中、読んだこともない本について長々と論じられているにもかかわらず、面白さが減じることはなく、最後まで一気に読み通すことができました。

 感想を要約するなら。

 まるで「漱石とその時代」を読んだときの読後感のように思えます。

 とりたてて大きな興味を持っていたわけではない雲の上の故人・夏目漱石という人物の面白さと魅力を、江藤淳という人が「漱石とその時代」という本を通して教えてくれました。そして、それを書いた江藤淳という人物の面白さと魅力を、大塚英志という人が「サブカルチャー文学論」という本を通して教えてくれたような気がします。そういう関係のある構図が見えるようで興味深いです。

 更に、三島由紀夫や、石原慎太郎、大江健三郎、村上春樹といった人物も、今までよりも少しだけ理解できたような気がします。

 気がするだけで、本当は分かってなどいないのでしょうが。

 ちなみに、三島由紀夫については、読了前に、自衛隊で割腹自殺した右翼作家、三島由紀夫がこともあろうにアメリカの文化の象徴的なディズニーランドに執着していた、という意外性?として既に書いてしまいました。

自らの仮構性に対してどの程度自覚的であるか、という問題 §

 この本で、江藤淳という人物は、仮構の作り手に対して、自らの仮構性に対してどの程度自覚的であるかを文学批評の基準とする存在として描かれています。

 そのことを、どう受け止めるかは、なかなか難しい問題があって、スパッと割り切れないところが残ります。まあ、それがどういうものであるかは、著者の解釈を読むのが最善と思いますから、ここでは書きません。

 ここでは、あえて、遠野秋彦の小説において、自らの仮構性に対してどの程度自覚的であるかをちょっとだけ考えてみます。(そういう分析ごっこをやってみたい気分が残ってみたわけですよ)

 たとえば、代表作とも言うべきイーネマス!を見てみると、これは全くの架空世界を舞台にして架空の人物を配置した物語と言えます。また、作者自ら「中年のための現実逃避小説」であるとしているため、極めて現実から離れた仮構性の高い小説であると見ることができると思います。

 では、その仮構に対して、作者自らがどの程度自覚的であると言えるでしょうか。この小説を読んで、「おや」と思わせることは、ありもしない架空の世界と、「中年のための現実逃避小説」としてのご都合主義的とも言えるハッピーエンドを設定したあと、その後の手順で架空であることやご都合主義を排していくかのように見える点にあります。

 たとえば、剣と魔法の異世界に行った主人公達が最初に取り組む課題は、その土地の言語の学習です。そして、それを終えて自由に旅立てることになったとき、最初に問題にされるのは、どのような職業について生活していくかを選択することです。そこで、モンスターを倒す冒険者という選択肢はまったく出てきません。結局のところ、剣と魔法の世界に転生したにも関わらず、主人公は一度も魔法を行使せず、剣の腕前も素人レベルのままです。(しかし、主人公は奴隷に身分を落としてから国王にまで成り上がり、通俗的に爽快なドラマとしての基本線は維持されます)

 そのような内容から考えれば、著者が自らの仮構性に対して強く自覚的であるのは間違いないでしょう。飛び抜けた仮構を用意することは、実は、飛び抜けたある種の現実を作品中に導入するための1つの試みであると言うことができるかもしれません。

 次に問題にされるべきことは、仮構性に対する批判性を、作品自らが読者に提示し得ているか、と言うことです。この小説は、表面的に見ると、主人公は大国のお姫様と結婚し、国王にまでなり、後々から中興の祖と称えられる立派な君主として名を残して死ぬというハッピーエンドです。しかし、この時代の人間は事実上永遠に等しい不老長寿を当然の権利として得ており、主人公はその権利を受け取ることができない立場なのです。つまり、主人公は、このゲーム世界の中でNPC(ノンプレイヤーキャラクター)としての立場のまま一貫して変わらず、本来の普通の人間に対応するPC(プレイヤーキャラクター)になることはないのです。その点で、この小説は単純なハッピーエンドなどではなく、自ら構築した仮構に対して、厳しい批判を示しているようにも思えます。

 ここで、この作品にエピローグが2つあることに着目することも悪くないでしょう。一見して、2つのエピローグは、主人公である浅岳と、第2主人公となる渚遊の二人に対応するものとして読めます。しかし、それが持つ機能を考えると、少し違った解釈も出来ます。第1のエピローグは、「中年のための現実逃避小説」としてのハッピーエンドを与えるものです。しかし、第2のエピローグは、けしてハッピーエンドではありません。この第2のエピローグによって、ここまで築き上げてきた「中年のための現実逃避小説」は自らの手で突き崩され、読者が「ああ、面白かった」と思いながら幸せな気分でベッドに入ることを許しません。

 この第2のエピローグは、自らの構築した仮構に対する批判性の現れ、と見ることができるのかもしれません。しかし、その批判性は、必ずしも社会や政治に向けられてはいません。バーチャルな世界は何でも思い通りになる幸せな世界であるという安易な常識に対して痛烈な批判を行いますが、現実世界の具体的な政治や事件に結びつくものではありません。その点で、仮に江藤淳が存命でイーネマスを読んだとしても、これを肯定することは無いような気がします。

 というような話を遠野さんにしたら、「思いもしなかった。特に仮構への批判性のために第2のエピローグを書いたわけではない。でも、無意識的にそういうものを言葉に込めた可能性はあり得る」と答えてくれました。そして最後に「解釈は読者次第」と付け加えました。

なぜこの本が面白いと思えるのか §

 前に書いたことの繰り返しになりますが、どうして読んだこともない本について延々と論じられるこの本を面白いと感じられるのか。それは、文学者の生き様に心引かれるからかもしれません。彼らの小説をぜひとも読みたいかと言われれば、ちょっと引いてしまうところがあります。しかし、彼らの生き様は面白い、と思うことができるわけです。

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