2004年08月13日
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コンピュータ サイエンスの売りとはいったい何か?

Written By: 川俣 晶連絡先

 たとえば、この業界(いわゆるIT業界ってやつ?)に対して、未来への夢やロマンをかき立てる言葉が少なくなって来ていることに漠然とした不満を感じていたりするわけですが。

 まさに、そういう気持ちにストレートに対応するこんな言葉を読みました。

「VoIPやEコマースなどと言われて、コンピュータ科学が、宇宙の歴史を紐解くことより魅力的な学問だと思う人は少ない」

 これは、コンピュータ科学に背を向ける学生たちという記事中の言葉です。

 まったくその通りですね。

 VoIPやEコマースに魅力を感じるのは、それで一儲けしたいと思っている人達だけでしょうね。直接的に利害が絡まない学生から見た場合、もしかしたら目先の電話代節約のためにVoIPに魅力を感じることがあるにせよ、一生の仕事としてそれを専門に勉強したいと思うかというと、ちょっとそれには魅力不足という感じがありますね。

本当にコンピュータ サイエンスに魅力は無いのか? §

 とはいえ、コンピュータ サイエンスに魅力がないとは思いません。

 たとえば、Informal Workshop on XML processing methodologY and formaliZation (XYZ)に行って研究者の話を聞くと、やはりそこには面白いと思うことができる何かがあると思います。

IT業界の問題……だろうか? §

 突然話が飛びますが、コンピュータ サイエンスの魅力を語り得ないIT業界の本質的な問題は、IT業界がいろいろな点で、特に思想的な面で立ち後れすぎていることが問題だろうな、という漠然とした印象があります。しばしば、技術の進歩が何もかも解決するかのような景気の良い言葉が聞かれますが、そんな科学万能の思想は19世紀の代物であって、21世紀から見れば2世紀も古いわけです。どうも、技術が世代交代しても、バックグラウンドの骨組みとしての思想は世代交代しないようです。つまり商品やツールを取り替えるだけで、自分が変化するという思想が欠落しているように思われます。

 「自分が変化する」という思想の欠落は、より抽象的には「無時間性の問題」と言い換えることができます。無時間性の問題を非常に分かりやすく理解できる一例が一部のアニメでしょう。たとえば、本来ならほんの数秒で終わるはずのピッチャーの投球に何分も掛けたり、瀕死の重傷を負ったはずの仲間がほんの数時間で元気に回復して主人公を助けに来るような描写が、よく見られます。これは、時間の流れの健全性を無視することによって成り立つ無時間的な世界です。ここでいう無時間的な世界とは、スローモーションではないことに注意が必要です。たとえば、映画「マトリクス」で見られるような超スロー映像は、時間の流れる速度を変化させたものであって、時間が無視される無時間性とは異なるものです。

無時間性の問題はどの程度重要であるか? §

 このような無時間的な映像は、アニメの演出として使われる範囲内ではさほど社会的に大きな問題とは言えません。

 しかし、IT業界のように、実際に稼働するシステムを扱う世界では大きな問題になります。

 たとえば、無時間的な性質から導き出される必然的な状況として、同じような状況が繰り返されると言うことがあります。この業界の一般的な傾向として、過去の失敗から学習することはなく、一度否定されたものであっても、ラベルを貼り替えてもっともらしい説明を付けて再提出されると、コロッとそれに転んでしまうような印象があります。過去を尊重しない態度は、とても無時間的です。

余談ですが、過去に目を向けないことが未来志向である、という考えは誤りだと最近思うようになりました。「未来志向」という言葉が現在よりマシな未来を得ることを目指すことを意味するのであれば、少なくとも過去の人間よりも賢くあらねばなりません。しかし、過去にも賢い人間はいくらでもいて、多くの成功や失敗の成果を残しています。それらを踏まえて、先人と同じ失敗の轍を踏まないように行動しなければ、現在よりマシな未来を得るのは難しいと思います。

 しかし、一般的にIT業界の顧客となる普通の人間は経験から学習します。いつまでも、同じようなことを繰り返していると愛想を尽かされます。実際、愛想を尽かしてしまった顧客の話はしばしば聞きます。

つまり求められるのは歯車なのか? §

 話を最初の話題に戻しましょう。

 コンピュータ サイエンスを学ぶかどうか決断する立場にいる学生の立場から、この無時間性はどう見えるでしょうか。(ここがこの文章の最大のポイントですね)

 無時間的な業界とは、技術は変化しても、本質的な構造が変化せず永遠に繰り返されるものです。技術が変化するというのは、電話をアナログ回線ではなくIPを使って送りましょう、というような話にあたります。このような技術の進歩が続いて、電話がTV電話になり、匂いや触覚まで伝達するようになったとしても、電話の本質的なビジネス構造が変わる訳ではありません。つまり、これからその世界に入っていっても、既存の秩序構造の歯車として働くことしかできません。むろん、歯車になることは、けして悪いことではありません。それは社会にとって必要とされるものです。しかし、それは夢をかき立てるものとは言えません。単に歯車は夢をかきたてないというだけでなく、秩序をはみ出す歯車は悪い歯車であると評価される点でも、夢を持って突き進むには不適切です。また歯車には、秩序構造すら変化させる夢のような何かを生み出すことは期待されません。

実際には歯車になる必要などない §

 もちろん、業界が歯車を求めていようと、学生が歯車を目指さねばならない必然性はありません。

 秩序など、ぶちこわしてしまえば良いのです。

 実際、この業界には、秩序を壊してきた人達がいくらでもいますから。

 より正確に言えば、この世界は時間が動いている世界であるため、無時間的な世界はどこかで破綻します。そのような構造的脆弱性を持っているため、秩序を壊すことは十分に可能です。可能であるが故に、成功者がいると言えるのでしょう。たぶん。

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