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2005年03月03日
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メイドのプリンセス メイディー・メイ 第4話『初々しいメイド達と頭に箱をかぶった怪物』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 君は知っているか。

 美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。

 そして彼女らのご主人様となるオターク族。

 その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。

 ある者は、桃源郷と呼び。

 またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。

 それは、どこにも存在しないナルランド。

 住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。

 そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。

前回のあらすじ §

 初めてのご主人様との出会いを前に緊張する初々しい新人メイド達。

 屋外から聞こえる「むぉえぇーーーーー」という不気味な声に怯える彼女たち。まさか、ご主人様ではなく、頭に箱を被った怪物なのか。彼らが生け贄として捧げられた運の悪いメイド達を迎えに来たのか。

 だが、ベテランのメイド達はその怯えに爆笑する。

 「むぉえぇーーーーー」とは、ご主人様達にとって最も重要な価値観を示す「萌え」という言葉だとベテラン達は新人に教える。

 「萌え」はご主人様の価値観であり、メイドだけで解釈すると誤るために、これまで新人メイドには教えられなかったのだという。

 しかし、新人メイド達は、ご主人様の「萌え」になれ、と言われ戸惑う……。メイドになるために修行してきたというのに、今更「萌え」になれとはいったい……。

 第3話より続く...

第4話『初々しいメイド達と頭に箱をかぶった怪物』 §

 メイはすっかり混乱していた。

 無理もない。

 初めてご主人様と出会う大切な夜だ。

 これまでとは全く違う日々が始まる最初の夜なのだ。

 そのような時に、限界まで緊張していない方がおかしい。

 その緊張の中で、自らのメイドとしての存在意義を否定するかのような話を聞かされて、混乱しない方がおかしい。

 しかし、混乱の度合いは、新人メイド達によって差があったようだ。

 メイが、メイン・ティー達に真意を確かめる必要があると思い付いた時には、既に他の新人メイドが質問を始めていた。

 「それは、どういうことですか! 私たちは、これまでメイドになるために修行してきたんです!! メイドに人生を掛けてきたんです。今更、萌えになれと言われてもできません」

 おそらくは彼女の教育係なのだろう。年配のメイドが答えた。「もちろん、あなたはメイドにならねばなりません」

 質問者は、少しホッとしたような表情になった。

 「おそらく、皆さんが誤解しているのは、メイドになることがゴールではないということでしょう」とメイン・ティーが少しだけ優しげな表情を見せながら続きを答えた。その視線は、さりげなくメイを見守っていた。

 「ゴールではないとは?」と別の新人メイドが、少し震えた声で言った。

 「私たちがメイドである理由は、ご主人様達にとって、メイドが萌えであるからです」とメイン・ティーは答えた。「ご主人様達は、萌えを求め、それを答えるために私たちはメイドにならねばならないのです」

 新米メイド達は、無言でその言葉を聞いていた。むろん、メイもじっとメイン・ティーの言葉を聞いていた。

 「しかし、ここが最も重要ですが、メイドになりさえすれば、ご主人様が満足するというものではないのです。ご主人様の萌えは様々です。それを満たすことが、皆さんには求められています」

 「私たち、ご主人様にご奉仕するための修行を積んできました!」と新人メイドの一人が叫んだ。

 「それはメイドとしての修行です」と別のベテランメイドが答えた。「メイドになるということは、ご主人様に選んで頂く場所に出られる権利を手に入れるということに過ぎません。自分を選んで頂いたご主人様を満足させるには、メイドとしての修行だけでは不十分なのです」

 「どうして、ご主人様を満足させる修行を私たちはしてもらえなかったのですか!」と同じ新人メイドが再び叫んだ。

 「ご主人様の萌えは様々です。それは、個別のご主人様に仕えながら、そのご主人様の萌えを学んでいくしか無いのです」とメイン・ティーが落ち着いた声で答えた。

 「たとえば」とメイン・ティーは歩き出した。そして、「あなた、綺麗な長い髪ね」と一人の新人メイドの頭を撫でた。

 「あ、ありがとうございます」と彼女は反射的に頭を下げた。

 「でも、ご主人様の萌えがショートヘアなら、この髪は短く切らなくてはだめよ。それが、ご主人様の萌えにご奉仕するということです」

 長髪が綺麗な少女の顔は青ざめた。

 「安心なさい」とメイン・ティーは言った。「あなたほど綺麗な髪があれば、その長い髪に萌えるご主人様があなたを選んでくれると思うわ」

 少女は、肩から緊張が抜けるのが見えた。

 「良いですか」とメイン・ティーは全員に話しかけつつ視線はしっかりメイの瞳を見つつ言った。「メイドになるということは、ご主人様に選んでもらう立場になるということです。そして、選んでもらえたらそれで終わるということはなく、ご主人様の望む萌えに合わせて、自分を更に変えていかねばなりません。それがご主人様にご奉仕するということの本当の意味です」

 そのあと、誰も話そうとはしなかった。

 ベテラン達は、特に付け加えることは無さそうで、新人達もあえて質問する者はいなかった。

 考えてみれば、当たり前のことだった。

 メイドは、けして、ご主人様達という漠然としたイメージにご奉仕する訳ではない。自分がお仕えする特定のご主人様にお仕えするのであって、もちろんご主人様の好みも多様だ。いくら、紅茶をいれるのが得意だからと言って、コーヒー好きのご主人様に紅茶を出してはいけない、ということは既に習った話だ。

 そのようなことを考えていると、待ち時間はあっという間に過ぎた。メイに与えられた、あからさまに時代遅れのメイド服を意識することも、もう無かった。他のメイド達も、真剣に考えこんでいて、メイのメイド服を揶揄するような視線を送る余裕はなかった。

 やがて、ご主人様との出会いの場となるホールへの移動の時間が告げられた。

 新人メイド達は、みな真剣な表情で腰を上げ、歩き始めた。

 既に何回もリハーサルをしていたから、手順は全て飲み込めていた。

 ホールには、美味しい食べ物や飲み物が並んでいたが、それらは全てご主人様のためのもの。メイド達は手を付けてはいけない。むしろ、新人メイド達は、本日のメインディッシュ、最も美味なる美食なのだ。

 新人メイド達は、まずホール入り口の左右に並び、微笑みと最大の礼を持ってご主人様達を出迎えねばならない。

 リハーサル通り、メイを含め、新人メイド達は入り口左右にサッと整列した。

 メイは思った。

 いよいよだ。

 ついに、生まれて初めて、ご主人様の姿を見ることができる。

 これまで、ずっとメイドの城や街の中で生きてきて、ご主人様を見たことは一度もない。写真を見たこともない。だからこそ、興奮と不安がメイを苛んだ。

 他の新人メイド達もきっと同じだろう。

 もちろん、ご主人様が白馬に乗ってきらびやかな服を着て出てくるなどと子供のようなことは思っていなかった。それは、おとぎ話と現実を混同した世間知らずの娘の妄想だ。

 実際にご主人様が着ている服のことは、実はメイドとしての教育でたっぷりと知っていた。洗濯や、アイロンがけなどの実技講習でたっぷり扱ったのだ。ズボン、シャツ、上着などなど。あれらの、メイド達よりもやや大きな体格に合った服を着た者達がもうすぐこの部屋に入ってくるのだ。

 「ご入場のお時間です!」と入り口に立っていた年配のメイドが叫んだ。「新人メイドの皆さんは、最大の微笑みと礼を持って、歓待されんことを!!」

 メイは、必死に微笑みを浮かべた。

 いや、それほど無理をしなくても微笑みは浮かんだ。

 そう、素晴らしきご主人様との最初の出会いだ。

 微笑まないという選択があろうか。

 ドアが大きく開かれた。

 その向こうに、多くの人影が見えた。

 メイは最初に彼らの服を見た。

 うん、間違いない。

 実技講習で実際に洗濯した服と同じ種類のものだ。

 そして、視線を上げ、彼らの顔を見た瞬間に、メイの微笑みは引きつった。

 誰かが悲鳴を上げていた。

 新人メイドの誰かだ。

 既に、式次第通りに微笑みを浮かべている新人メイドは一人もいなかったが、そのことにメイは気付いていなかった。それだけの余裕も、とっくに失われていたのだ。

 「怪物!」と誰かが叫んだ。「やっぱり、私たち、この世界の闇を支配する怪物に捧げられたんだわ!!」

 ドアの向こうに居た者達。

 メイ達がご主人様だと信じていた者達。

 彼らは、みな、不気味な箱を頭に被っていたのだ!!

 箱に空いた小さな穴から、ぎらついた瞳だけが覗いていた。

続く.... §

 はたして、メイ達は、この世界の闇を支配する怪物に、生け贄として捧げられてしまったのか!

 第5話『悲鳴を上げる新人メイド達と悪趣味なご主人様達』へ続く……

(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)

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