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2007年11月19日
川俣晶の縁側歴史と文化歴史論total 5327 count

歴史の面白さとは何か? 一人の歴史ミーハーの歴史観

Written By: 川俣 晶連絡先

 だらだらと読んでいたら時間が掛かってしまいましたが、書籍「戦前の少年犯罪」を読み終わりました。著者のブログで「管理人の本が出ます。」という文章をたまたま読んで、興味を持って買った本です。読み終わった後で、少し「歴史」の話を書いておこうと思うようになり、この文章を書くことにしました。

ここで書くことは何か? §

 ここでは、一人の歴史ミーハーが持つ歴史観について書きます。特に、「なぜ歴史は面白いのか」という点について書きます。ここに書かれた内容は確実なものではありません。むしろ、正しくないと思って読むのが健全な態度でしょう。

ここで歴史の定義を語らねばならない理由 §

 まず、そもそも「歴史とは何か」について語らねばなりません。なぜかといえば、たいていの場合、私が「歴史」と言うと、たいていの相手はすぐに「分かってしまう」からです。「分かってしまう」のなら良いではないか……と思うかもしれませんが、そうではありません。なぜなら、この場合の「分かってしまう」とは、「自分は分かっているという揺るぎない確信を瞬時に抱き、それに疑問を差し挟む余地を微塵も残さない」という状況を意味するからです。

 では、その確信が妥当かと言えば、たいていの場合違います。基礎からビギナーとして謙虚に学ぶべき水準であることがほとんどです。

歴史とは何か §

 まず、大前提として過去は1つしかあり得ないという現実を肯定しましょう。タイムマシンでも無い限り、過去は変えられません。過去の因果の連鎖が現在なので、過去が複数あるということもあり得ません。過去の事実は1つです。

 だから、「正しい歴史」は1つしか存在せず、それを認めようとしない態度は愚か者である……という主張が出てくることがありますが、これは初歩的な言論トリックです。そのような主張を信じてはいけません。

 つまり、過去は1つしか存在しないにも関わらず、絶対唯一の「正しい歴史」なるものは存在し得ないのです。理由は簡単で、過去の起こった出来事を伝える情報の大半が欠落しているからです。

 さて、過去の情報つまり史料は大きく分けて2つに分類できます。1つは、大切に保管されたり発掘等によって出てくる過去の遺物であったり建物の跡であったりします。これが物証です。もう1つは、言葉で書かれた文書が残されているものです。過去のこのような出来事があった……ということが書かれているため、過去を知るための手がかりになります。また、日本書紀等、最初から歴史書として書かれたものもあります。これが文書資料です。

 ここで物証は過去の一部しか伝えてこないことに注意が必要です。発掘で建築物の柱の跡が見つかったからといって、それだけでそこに立っていた建物の詳細まで分かるわけではありません。まして、その建物内で何が起きたのかはさほど分かりません。更に言えば、保存されている古民家のような物証も、移築の段階で重要な情報が失われていることがあります。古民家は建物だけで成立するものではなく、周辺施設を含めた配置があって成立するものですが、移築を行うとたいていこの配置関係が消失してしまいます。

 一方、文書資料も確実ではありません。文書の書き手が自分達に不都合なことをねじ曲げて書くこともあり得るし、たとえ悪意が無くとも思い違い、書き間違いは明らかにあり得ます。

 その結果として、物証を当てはめて文書資料の妥当性を推し量りながら過去を推測していくことも行われます。

 しかし、それによって得られた結論は「絶対唯一の歴史」ではありません。新しい物証が見つかることで、ひっくり返る可能性のある解釈でしかありません。

 つまり、歴史探究とはゴールの存在しない探求行為であり、しかも新史料の発見や年代測定等の技術の進歩によって、常に常識がひっくり返る性質のものだと言えます。

 そして、分からない部分、曖昧な部分が残る以上、どうしても歴史には解釈の問題がつきまといます。人によって解釈が違う……ということが起こりうるのです。

 だから、過去は1つしか存在しないにも関わらず、「絶対唯一の正しい歴史」は原理的に存在し得ないものです。

政治のツールとしての歴史 §

 以上のような前提は、自明のものとして社会一般に受け入れられていません。

 なぜかといえば、学校では歴史は唯一絶対のものとして説明され、暗記科目として扱われているからです。正解と誤りは厳格に区別可能であり、曖昧さはありません。

 実は学校で教育される「歴史」は、過去をできるだけ忠実に知ろうとする態度を意味する「歴史」ではなく、政治のツールとしての「歴史」と捉えるべきものです。

 ここでは、「政治のツールとしての歴史」について述べます。

 そもそも政治を行うためには大義名分が必要です。それを得るための有力な手段として、「歴史の改変」という手段が典型的に使われます。

 戦前において行われた「紀元前660年の神武天皇測位から続く皇室」という歴史教育も、大名を統治者と仰ぐ一般庶民に、天皇の統治の正統性をアピールするために行われた一種の「歴史の改変」と見て良いと思います。

 また、徳川家康が来るまで江戸には何もなかった……という歴史観も、同じように徳川家の江戸統治を正当化するために改変された歴史そのものです。家康は、実際には遠い西の国からやってきた余所者に過ぎませんが、無から江戸という土地を切り開いたのなら、正当な創始者となります。

 つまり、「歴史」の支配権を持つことは非常に強力な統治ツールを得ることと同じです。

 そして、「歴史」は常に改変可能です。それは、「絶対唯一の正しい歴史」が原理的に存在し得ないからではなく、一般民衆に対する説得によって「歴史」は変更できるからです。たとえば書籍「戦前の少年犯罪」に述べられている事例を使うなら、昔、少年犯罪は少なかった……というのは事実に反する改変された歴史そのものです。しかし、今では大抵の人がそれを過去の事実であると承認しています。マスコミを通した「説得」が、それを成し遂げているのです。つまり、説得力のあるストーリーさえ創作できれば、歴史は改変できるのです。

 このような事例は国家権力だけに見られるものではありません。たとえば歴史の古い家では、当家は源氏の血を引いている等の「歴史改変」が行われることもあります。

 従って、権力や利害に絡んだ部分に近い場所から発せられる「歴史」の語りには、「政治のツール」としての側面を含む可能性があると疑う方が健全でしょう。特に、絶対的な唯一の正解が歯切れ良く断言される歴史、「分からない」という言葉を一切使わない歴史は、政治的な意図によって創作されたツールとしての歴史だと疑うのが妥当でしょう。

 逆に、書籍「戦前の少年犯罪」は分からないことをについて明確に言及しているため、この条件に当てはまりません。

歴史はなぜ面白いのか §

 「絶対唯一の正しい歴史」は原理的に存在し得ないのなら、歴史に注目する価値など存在しないのでしょうか?

 そうではありません。

 これは最も典型的な誤謬です。

 「絶対唯一の正しい歴史」は分からずとも、「まずあり得ない間違った歴史」が分かるケースも多いからです。

 たとえば、徳川家康が来るまで江戸には何もなかったという解釈が事実だと仮定すると、江戸氏は何もない場所に屋敷を構え、浅草寺は何もない場所に寺だけ構えていたことになり、あからさまに矛盾します。江戸と呼ばれる範囲は時代によっても異なるので一概には言えませんが、いわゆる江戸と呼ばれる地域範囲に、家康よりはるか以前に遡る逸話や歴史を持つ事例はいくらでもあります。

 別の事例を出せば、「昔は質素でも心は豊かに暮らしていた……」といったたぐいの主張も、少し調べるだけで容易にそれがあり得ないことが分かります。

 これらの問題は、個々の事例の正当性を完全に検証することは難しいのは事実です。しかし、同じ傾向を持つ全く事例がいくつも見つかるため、それらの傾向に反する歴史は「十分に疑わしい」と結論づけることができます。

 書籍「戦前の少年犯罪」に書かれていることも同様です。「昔の少年犯罪は少なかった」という歴史があきらかに「疑わしい」のは、多数の事例がそこに記録されているからです。

 だからこそ、歴史を研究することには大きな価値があります。

 常識だと思っていた歴史が、実は疑わしいものであったことが分かる……という価値観の大転換は、まさに歴史を求める最大級の面白さだと思います。

 しかし、話はまだ終わりません。

 実は、もっと別の面白さもあるのです。

政治的な意図を読み取る §

 既に、歴史は政治のツールとしての創作されるという話を書きました。

 このように創作される歴史は、もちろん100%の作り物ではなく、現実の歴史に対する修正物として作り出されます。特定の情報を強調したり軽く流すことで印象を操作するような操作から始まり、実際に起きた出来事の関係性を修正、創作したり、架空の出来事を挿入して辻褄を合わせたりします。

 さて、歴史探究によりおおむね正しいと思われる歴史を把握できたとすると、創作された歴史との差分が見えてくることになります。

 その差分とは、歴史の創作者の政治的な意図そのものを示すことになります。

 歴史の探究とは、そのような意図を読み解く手段にもつながります。

 たとえば、「かつてAはBであって良い世の中だった。しかし、今はそうではなくなり、悪い世の中になってしまった」という歴史の主張があるとします。しかし、実際には今も昔もAはBではないし、昔も今も世の中の善し悪しに大差はないとします。

 この場合、この創作された歴史が持つ機能性は、以下のようなものになります。

  • 今よりも良い世の中が可能であることを示唆する
  • それは、かつて実在したが、失われてしまった
  • 失われた理由はAがBではなくなってしまったからだ
  • 良い世の中を取り戻そう
  • AをBにしよう

 このような機能性をによって利益を得る者は誰かといえば、もちろんAがBであると利益が得られる人達でしょう。そこから逆算して考えれば、この歴史は、AがBであると利益を得られる者達が利益を得るために設計されたものだと推定することができます。

 少年犯罪の問題は、まさにこのパターンに当てはまります。

 この問題はパターンに当てはめると、以下のように解釈できます。

 「かつてA=『日本』はB=『質素でも勤勉』で良い世の中だった。しかし、今は『質素でも勤勉』が失われ、快楽と欲望に溺れる悪い世の中になってしまった」

 しかし、人々が快楽と欲望に溺れる時代は、昔から典型的に存在します。それを引き締めようとする試みが繰り返されているのが何よりの証拠です。つまり、創作された歴史に他なりません。

 では、そのような創作によって利益を得るのは誰でしょうか?

 ストレートに考えるなら、このような歴史解釈で利益を得るのは「AがBであると利益を得られる者達」です。つまり、労働者の報酬を減らし、より多く働かせたい人達……となります。

 本当は、これほど単純な構造で解釈できる問題ではないと思いますが、1つの解釈としてはあり得るかもしれません。

邪馬台国論争の事例 §

 このパターンに当てはまらないケースもあります。

 たとえば、邪馬台国論争はこのパターンには当てはまりませんが、典型的な「創作された歴史」と見て良いと思います。

 邪馬台国論争においては邪馬台国はどこにあったのかが問題とされ、主に畿内説と九州説があります。ここで問題となるのは、魏志倭人伝の記述通りに解釈すると邪馬台国は海の上になってしまう点です。そのため、邪馬台国が日本のどこかに存在するという結論を得るためには、何らかの形で記述の解釈を修正しなければなりません。その修正は恣意的なものにならざるを得ないので、非常に広範囲の様々な場所に比定することが可能となります。事実として、非常に多くの場所が邪馬台国の所在地として示されています。それにも関わらず、主な説が畿内説と九州説の2つに収束しているのはある意味で不自然です。

 しかし、これが政治的な意図により創作されねばならない必然性を持った「創作された歴史」であると考えると非常にすっきりと解釈できます。

 畿内説は、この当時、少なくとも西日本全体を統治する統一国家が日本列島に成立していたことを示唆します。邪馬台国が大和朝廷につながるという歴史を提示することにより、「統一国家日本」の歴史は非常に長いことをアピールできます。

 それに対して九州説は邪馬台国の時代、日本列島に統一国家は存在しなかったことを示唆します。邪馬台国の統治範囲が九州あるいはその一部に限られるとすれば、「統一国家日本」の歴史はさほど長くはないとアピールできます。この場合、邪馬台国の範囲は狭ければ狭いほどアピールには有利です。ですから、最も国家の規模を小さく解釈するためには、大陸から最も近い九州に邪馬台国は存在して「いなければならない」わけです。

 このようなアピールの差異は、背景に「中央と地方の対立」という図式があると考えると分かり易いと思います。つまり、「遠い昔から日本全体を統治していたのだから、今も大人しく統治されていろ」という中央の立場と、「昔、俺たちは自主独立していたのだから、あくまで俺たちが認めた範囲内でのみ中央政府は統治する権利があるのだ」という地方の立場が向かい合っているという解釈が可能となります。

 ちなみに、「地方」は常に「中央」に隷属していた訳ではなく、天皇が政権を担っていても常に地方を思い通りに支配出来ていたわけではありません。現在、中央官庁の権限が極端に巨大すぎるという批判がありますが、裏から見れば、それだけの権限を持たなければ地方の独走を抑えられないという可能性もあり得るでしょう。

 そのような文脈で見ると、邪馬台国論争は歴史のロマンでも何でもなく、単なる地方対中央の権力の綱引きの1つの手段でしかありません。

 それに加えて、おそらく邪馬台国がどこにあったのか……という所在地の確定はおそらく不可能でしょう。それを行うには情報が不足しすぎています。

 そういう意味で、私にとって邪馬台国論争そのものは、歴史的に面白くないのです。

 しかし、その背景にある政治的な意図を見るのは面白いかもしれません。

陰謀史観とはどう違うのか? §

 「政治のツールとしての歴史」が示す意図を推定する行為は、いわゆる陰謀史観と同様だと思えるかもしれません。しかし、これは全く別個のものです。

 ここでいう政治的意図の推定は、あくまで大ざっぱな方向性を示すだけで、それすら完全に確定できるものではありません。そこで得られた結論は、説として主張できるだけ確実なものではなく、自分が何かの判断を行う際の材料の1つにできる程度のものでしかありません。しかし、傾向が漠然と見えるだけでも決断の助けになることもあり、有益な情報といえます。

 これに対して、陰謀論とは結論が明確に確定していて、それが誰によって何のために行われたのが全て説明できる主張を意味します。たいていの場合、陰謀論は結論に至る客観的な根拠が十分ではなく、事実とは承認されません。結論が誤っている可能性も大きく、あまり有益とは言えません。

まとめ・なぜ歴史は面白いのか §

 話をまとめます。

 歴史の面白さとは、主に以下の3つにあると感じます。

  • 意外性
  • 実利性
  • 自己満足

 意外性とは、当たり前だと思っていた過去が、実は全く違っていた驚きに出会えることを意味します。しかも、歴史は常に流動しているので、いつ不意打ち的に意外な事実に直面するか分かりません。

 実利性とは、歴史から学んだ知恵を活かせる場面が多いことを意味します。自分の体験だけで判断するよりも、歴史的な知識をも用いて判断する方がより的確に状況を把握できることが多く、その分だけ上手く立ち回れます。

 自己満足は読んで字のごとくそのままです。たとえば、甲州街道の代田橋、明大前間で道路の幅がやや広くなった場所は、かつて玉川上水をまたぐ橋が架かっていたあたりだ……といった知識はほとんど何の実用性も持ちません。しかし、少し不思議な光景の理由を知ることが出来ると、それはそれで満足できます。

オマケ・歴史の面白さを楽しむためのガイド §

 まずテレビの一般向け歴史番組や、一般向け歴史解説書などは手を出さないこと。

 その代わりにお勧めすることは以下の通りです。

 まず、読むものは第1線の研究者(詳細は後述)の書いたものとすること。意外性に富んだ面白い話が読めるとすればこれです。ただし、たいていの場合高い書籍であり、しかも大型書店でしか買えません。インターネット通販なら買えますが、現物を見られない問題があります。他に、専門的予備知識が要求されたり、何が面白いのか分からないことも多いので、確実に楽しめるという保証はありません。地方の歴史資料館の発行物もこれに含みますが、これらは比較的安く買えます。

 それから、地方の歴史資料館や歴史的遺物は、まめに足を運んで訪問すること。遠くの観光地に行けという意味ではなく、気軽に訪問できる範囲内にもそのような施設はいくつもあるはずです。実際にその場に行ってみると印象が違うことは多くあります。行くことで分かることもいろいろあります。

 最後に、可能な限り生に近い情報に接すること。昔の新聞の縮刷版を読むと意外と面白かったりします。複製古地図を見るのも同様です。私は、新聞の方はあまり読みませんが、複製古地図は割とよく見ます。

 いずれにせよ、より生に近いものに接するのが面白さの秘訣だと思います。歴史のロマンに触れるには京都・奈良へ行かねばならない……といった思い込みはNGです。そう思い込んで時間がない金がないと悩む暇があれば、近所の歴史資料館を訪問すべきです。あるいは近所の図書館に行って、古地図や新聞の縮刷版を見るのも良いでしょう。

2007/11/23追記・「第1線の研究者」とは誰か §

 biacさんのトラックバックを見て補足説明を要する点が1つだけあったので、付記します。

 上の文章で「第1線の研究者」という言葉を使っていますが、これはより正確に言えば「次々と出現する史料と直接向き合っている人達」となります。

 たとえば、「古文書返却の旅―戦後史学史の一齣」という本がありますが、これは借り出した貴重な史料群をずっと返却できず、後で頭を下げつつ本来の持ち主の家々に返してまわったという話を書いた本です。別の例としては「新橋駅の考古学」という本があります。これは、汐留再開発の際に行われた発掘調査を元に日本鉄道発祥の地である新橋駅(汐留駅)の歴史を復元しようとする試みです。結局分からないことも多く、退屈な史料の検討にかなりの文章を割いている部分もありますが、直接史料に向かっていることは確かでしょう。こういった本を書いている人が、「第1線の研究者」だと私は考えます。

 また、地方自治体の歴史資料館の論集などに寄稿している学芸員や郷土歴史家も、地道に史料と向かい合い続けている限り「第1線の研究者」に含めて良いと考えます。

 もちろん、彼らの書いたものは全て正しいと保証するものではありません。しかし、正しいか否かという問題とは別に、読む価値があると考えます。

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2007年11月23日Re: 歴史の面白さとは何か? 一人の歴史ミーハーの歴史観From: biac の それさえもおそらくは幸せな日々@nifty

オータムさんが、 歴史について興味深い論考を書いてくれてます。ので、 紹介がてら、 一部ツッコミ f(^^; 過去は1つしか存在しないにも関わらず、絶対唯一の「 続きを読む

キーワード【 川俣晶の縁側歴史と文化歴史論
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歴史の面白さとは何か? 一人の歴史ミーハーの歴史観

Written By: 川俣 晶連絡先

 だらだらと読んでいたら時間が掛かってしまいましたが、書籍「戦前の少年犯罪」を読み終わりました。著者のブログで「管理人の本が出ます。」という文章をたまたま読んで、興味を持って買った本です。読み終わった後で、少し「歴史」の話を書いておこうと思うようになり、この文章を書くことにしました。

ここで書くことは何か? §

 ここでは、一人の歴史ミーハーが持つ歴史観について書きます。特に、「なぜ歴史は面白いのか」という点について書きます。ここに書かれた内容は確実なものではありません。むしろ、正しくないと思って読むのが健全な態度でしょう。

ここで歴史の定義を語らねばならない理由 §

 まず、そもそも「歴史とは何か」について語らねばなりません。なぜかといえば、たいていの場合、私が「歴史」と言うと、たいていの相手はすぐに「分かってしまう」からです。「分かってしまう」のなら良いではないか……と思うかもしれませんが、そうではありません。なぜなら、この場合の「分かってしまう」とは、「自分は分かっているという揺るぎない確信を瞬時に抱き、それに疑問を差し挟む余地を微塵も残さない」という状況を意味するからです。

 では、その確信が妥当かと言えば、たいていの場合違います。基礎からビギナーとして謙虚に学ぶべき水準であることがほとんどです。

歴史とは何か §

 まず、大前提として過去は1つしかあり得ないという現実を肯定しましょう。タイムマシンでも無い限り、過去は変えられません。過去の因果の連鎖が現在なので、過去が複数あるということもあり得ません。過去の事実は1つです。

 だから、「正しい歴史」は1つしか存在せず、それを認めようとしない態度は愚か者である……という主張が出てくることがありますが、これは初歩的な言論トリックです。そのような主張を信じてはいけません。

 つまり、過去は1つしか存在しないにも関わらず、絶対唯一の「正しい歴史」なるものは存在し得ないのです。理由は簡単で、過去の起こった出来事を伝える情報の大半が欠落しているからです。

 さて、過去の情報つまり史料は大きく分けて2つに分類できます。1つは、大切に保管されたり発掘等によって出てくる過去の遺物であったり建物の跡であったりします。これが物証です。もう1つは、言葉で書かれた文書が残されているものです。過去のこのような出来事があった……ということが書かれているため、過去を知るための手がかりになります。また、日本書紀等、最初から歴史書として書かれたものもあります。これが文書資料です。

 ここで物証は過去の一部しか伝えてこないことに注意が必要です。発掘で建築物の柱の跡が見つかったからといって、それだけでそこに立っていた建物の詳細まで分かるわけではありません。まして、その建物内で何が起きたのかはさほど分かりません。更に言えば、保存されている古民家のような物証も、移築の段階で重要な情報が失われていることがあります。古民家は建物だけで成立するものではなく、周辺施設を含めた配置があって成立するものですが、移築を行うとたいていこの配置関係が消失してしまいます。

 一方、文書資料も確実ではありません。文書の書き手が自分達に不都合なことをねじ曲げて書くこともあり得るし、たとえ悪意が無くとも思い違い、書き間違いは明らかにあり得ます。

 その結果として、物証を当てはめて文書資料の妥当性を推し量りながら過去を推測していくことも行われます。

 しかし、それによって得られた結論は「絶対唯一の歴史」ではありません。新しい物証が見つかることで、ひっくり返る可能性のある解釈でしかありません。

 つまり、歴史探究とはゴールの存在しない探求行為であり、しかも新史料の発見や年代測定等の技術の進歩によって、常に常識がひっくり返る性質のものだと言えます。

 そして、分からない部分、曖昧な部分が残る以上、どうしても歴史には解釈の問題がつきまといます。人によって解釈が違う……ということが起こりうるのです。

 だから、過去は1つしか存在しないにも関わらず、「絶対唯一の正しい歴史」は原理的に存在し得ないものです。

政治のツールとしての歴史 §

 以上のような前提は、自明のものとして社会一般に受け入れられていません。

 なぜかといえば、学校では歴史は唯一絶対のものとして説明され、暗記科目として扱われているからです。正解と誤りは厳格に区別可能であり、曖昧さはありません。

 実は学校で教育される「歴史」は、過去をできるだけ忠実に知ろうとする態度を意味する「歴史」ではなく、政治のツールとしての「歴史」と捉えるべきものです。

 ここでは、「政治のツールとしての歴史」について述べます。

 そもそも政治を行うためには大義名分が必要です。それを得るための有力な手段として、「歴史の改変」という手段が典型的に使われます。

 戦前において行われた「紀元前660年の神武天皇測位から続く皇室」という歴史教育も、大名を統治者と仰ぐ一般庶民に、天皇の統治の正統性をアピールするために行われた一種の「歴史の改変」と見て良いと思います。

 また、徳川家康が来るまで江戸には何もなかった……という歴史観も、同じように徳川家の江戸統治を正当化するために改変された歴史そのものです。家康は、実際には遠い西の国からやってきた余所者に過ぎませんが、無から江戸という土地を切り開いたのなら、正当な創始者となります。

 つまり、「歴史」の支配権を持つことは非常に強力な統治ツールを得ることと同じです。

 そして、「歴史」は常に改変可能です。それは、「絶対唯一の正しい歴史」が原理的に存在し得ないからではなく、一般民衆に対する説得によって「歴史」は変更できるからです。たとえば書籍「戦前の少年犯罪」に述べられている事例を使うなら、昔、少年犯罪は少なかった……というのは事実に反する改変された歴史そのものです。しかし、今では大抵の人がそれを過去の事実であると承認しています。マスコミを通した「説得」が、それを成し遂げているのです。つまり、説得力のあるストーリーさえ創作できれば、歴史は改変できるのです。

 このような事例は国家権力だけに見られるものではありません。たとえば歴史の古い家では、当家は源氏の血を引いている等の「歴史改変」が行われることもあります。

 従って、権力や利害に絡んだ部分に近い場所から発せられる「歴史」の語りには、「政治のツール」としての側面を含む可能性があると疑う方が健全でしょう。特に、絶対的な唯一の正解が歯切れ良く断言される歴史、「分からない」という言葉を一切使わない歴史は、政治的な意図によって創作されたツールとしての歴史だと疑うのが妥当でしょう。

 逆に、書籍「戦前の少年犯罪」は分からないことをについて明確に言及しているため、この条件に当てはまりません。

歴史はなぜ面白いのか §

 「絶対唯一の正しい歴史」は原理的に存在し得ないのなら、歴史に注目する価値など存在しないのでしょうか?

 そうではありません。

 これは最も典型的な誤謬です。

 「絶対唯一の正しい歴史」は分からずとも、「まずあり得ない間違った歴史」が分かるケースも多いからです。

 たとえば、徳川家康が来るまで江戸には何もなかったという解釈が事実だと仮定すると、江戸氏は何もない場所に屋敷を構え、浅草寺は何もない場所に寺だけ構えていたことになり、あからさまに矛盾します。江戸と呼ばれる範囲は時代によっても異なるので一概には言えませんが、いわゆる江戸と呼ばれる地域範囲に、家康よりはるか以前に遡る逸話や歴史を持つ事例はいくらでもあります。

 別の事例を出せば、「昔は質素でも心は豊かに暮らしていた……」といったたぐいの主張も、少し調べるだけで容易にそれがあり得ないことが分かります。

 これらの問題は、個々の事例の正当性を完全に検証することは難しいのは事実です。しかし、同じ傾向を持つ全く事例がいくつも見つかるため、それらの傾向に反する歴史は「十分に疑わしい」と結論づけることができます。

 書籍「戦前の少年犯罪」に書かれていることも同様です。「昔の少年犯罪は少なかった」という歴史があきらかに「疑わしい」のは、多数の事例がそこに記録されているからです。

 だからこそ、歴史を研究することには大きな価値があります。

 常識だと思っていた歴史が、実は疑わしいものであったことが分かる……という価値観の大転換は、まさに歴史を求める最大級の面白さだと思います。

 しかし、話はまだ終わりません。

 実は、もっと別の面白さもあるのです。

政治的な意図を読み取る §

 既に、歴史は政治のツールとしての創作されるという話を書きました。

 このように創作される歴史は、もちろん100%の作り物ではなく、現実の歴史に対する修正物として作り出されます。特定の情報を強調したり軽く流すことで印象を操作するような操作から始まり、実際に起きた出来事の関係性を修正、創作したり、架空の出来事を挿入して辻褄を合わせたりします。

 さて、歴史探究によりおおむね正しいと思われる歴史を把握できたとすると、創作された歴史との差分が見えてくることになります。

 その差分とは、歴史の創作者の政治的な意図そのものを示すことになります。

 歴史の探究とは、そのような意図を読み解く手段にもつながります。

 たとえば、「かつてAはBであって良い世の中だった。しかし、今はそうではなくなり、悪い世の中になってしまった」という歴史の主張があるとします。しかし、実際には今も昔もAはBではないし、昔も今も世の中の善し悪しに大差はないとします。

 この場合、この創作された歴史が持つ機能性は、以下のようなものになります。

  • 今よりも良い世の中が可能であることを示唆する
  • それは、かつて実在したが、失われてしまった
  • 失われた理由はAがBではなくなってしまったからだ
  • 良い世の中を取り戻そう
  • AをBにしよう

 このような機能性をによって利益を得る者は誰かといえば、もちろんAがBであると利益が得られる人達でしょう。そこから逆算して考えれば、この歴史は、AがBであると利益を得られる者達が利益を得るために設計されたものだと推定することができます。

 少年犯罪の問題は、まさにこのパターンに当てはまります。

 この問題はパターンに当てはめると、以下のように解釈できます。

 「かつてA=『日本』はB=『質素でも勤勉』で良い世の中だった。しかし、今は『質素でも勤勉』が失われ、快楽と欲望に溺れる悪い世の中になってしまった」

 しかし、人々が快楽と欲望に溺れる時代は、昔から典型的に存在します。それを引き締めようとする試みが繰り返されているのが何よりの証拠です。つまり、創作された歴史に他なりません。

 では、そのような創作によって利益を得るのは誰でしょうか?

 ストレートに考えるなら、このような歴史解釈で利益を得るのは「AがBであると利益を得られる者達」です。つまり、労働者の報酬を減らし、より多く働かせたい人達……となります。

 本当は、これほど単純な構造で解釈できる問題ではないと思いますが、1つの解釈としてはあり得るかもしれません。

邪馬台国論争の事例 §

 このパターンに当てはまらないケースもあります。

 たとえば、邪馬台国論争はこのパターンには当てはまりませんが、典型的な「創作された歴史」と見て良いと思います。

 邪馬台国論争においては邪馬台国はどこにあったのかが問題とされ、主に畿内説と九州説があります。ここで問題となるのは、魏志倭人伝の記述通りに解釈すると邪馬台国は海の上になってしまう点です。そのため、邪馬台国が日本のどこかに存在するという結論を得るためには、何らかの形で記述の解釈を修正しなければなりません。その修正は恣意的なものにならざるを得ないので、非常に広範囲の様々な場所に比定することが可能となります。事実として、非常に多くの場所が邪馬台国の所在地として示されています。それにも関わらず、主な説が畿内説と九州説の2つに収束しているのはある意味で不自然です。

 しかし、これが政治的な意図により創作されねばならない必然性を持った「創作された歴史」であると考えると非常にすっきりと解釈できます。

 畿内説は、この当時、少なくとも西日本全体を統治する統一国家が日本列島に成立していたことを示唆します。邪馬台国が大和朝廷につながるという歴史を提示することにより、「統一国家日本」の歴史は非常に長いことをアピールできます。

 それに対して九州説は邪馬台国の時代、日本列島に統一国家は存在しなかったことを示唆します。邪馬台国の統治範囲が九州あるいはその一部に限られるとすれば、「統一国家日本」の歴史はさほど長くはないとアピールできます。この場合、邪馬台国の範囲は狭ければ狭いほどアピールには有利です。ですから、最も国家の規模を小さく解釈するためには、大陸から最も近い九州に邪馬台国は存在して「いなければならない」わけです。

 このようなアピールの差異は、背景に「中央と地方の対立」という図式があると考えると分かり易いと思います。つまり、「遠い昔から日本全体を統治していたのだから、今も大人しく統治されていろ」という中央の立場と、「昔、俺たちは自主独立していたのだから、あくまで俺たちが認めた範囲内でのみ中央政府は統治する権利があるのだ」という地方の立場が向かい合っているという解釈が可能となります。

 ちなみに、「地方」は常に「中央」に隷属していた訳ではなく、天皇が政権を担っていても常に地方を思い通りに支配出来ていたわけではありません。現在、中央官庁の権限が極端に巨大すぎるという批判がありますが、裏から見れば、それだけの権限を持たなければ地方の独走を抑えられないという可能性もあり得るでしょう。

 そのような文脈で見ると、邪馬台国論争は歴史のロマンでも何でもなく、単なる地方対中央の権力の綱引きの1つの手段でしかありません。

 それに加えて、おそらく邪馬台国がどこにあったのか……という所在地の確定はおそらく不可能でしょう。それを行うには情報が不足しすぎています。

 そういう意味で、私にとって邪馬台国論争そのものは、歴史的に面白くないのです。

 しかし、その背景にある政治的な意図を見るのは面白いかもしれません。

陰謀史観とはどう違うのか? §

 「政治のツールとしての歴史」が示す意図を推定する行為は、いわゆる陰謀史観と同様だと思えるかもしれません。しかし、これは全く別個のものです。

 ここでいう政治的意図の推定は、あくまで大ざっぱな方向性を示すだけで、それすら完全に確定できるものではありません。そこで得られた結論は、説として主張できるだけ確実なものではなく、自分が何かの判断を行う際の材料の1つにできる程度のものでしかありません。しかし、傾向が漠然と見えるだけでも決断の助けになることもあり、有益な情報といえます。

 これに対して、陰謀論とは結論が明確に確定していて、それが誰によって何のために行われたのが全て説明できる主張を意味します。たいていの場合、陰謀論は結論に至る客観的な根拠が十分ではなく、事実とは承認されません。結論が誤っている可能性も大きく、あまり有益とは言えません。

まとめ・なぜ歴史は面白いのか §

 話をまとめます。

 歴史の面白さとは、主に以下の3つにあると感じます。

  • 意外性
  • 実利性
  • 自己満足

 意外性とは、当たり前だと思っていた過去が、実は全く違っていた驚きに出会えることを意味します。しかも、歴史は常に流動しているので、いつ不意打ち的に意外な事実に直面するか分かりません。

 実利性とは、歴史から学んだ知恵を活かせる場面が多いことを意味します。自分の体験だけで判断するよりも、歴史的な知識をも用いて判断する方がより的確に状況を把握できることが多く、その分だけ上手く立ち回れます。

 自己満足は読んで字のごとくそのままです。たとえば、甲州街道の代田橋、明大前間で道路の幅がやや広くなった場所は、かつて玉川上水をまたぐ橋が架かっていたあたりだ……といった知識はほとんど何の実用性も持ちません。しかし、少し不思議な光景の理由を知ることが出来ると、それはそれで満足できます。

オマケ・歴史の面白さを楽しむためのガイド §

 まずテレビの一般向け歴史番組や、一般向け歴史解説書などは手を出さないこと。

 その代わりにお勧めすることは以下の通りです。

 まず、読むものは第1線の研究者(詳細は後述)の書いたものとすること。意外性に富んだ面白い話が読めるとすればこれです。ただし、たいていの場合高い書籍であり、しかも大型書店でしか買えません。インターネット通販なら買えますが、現物を見られない問題があります。他に、専門的予備知識が要求されたり、何が面白いのか分からないことも多いので、確実に楽しめるという保証はありません。地方の歴史資料館の発行物もこれに含みますが、これらは比較的安く買えます。

 それから、地方の歴史資料館や歴史的遺物は、まめに足を運んで訪問すること。遠くの観光地に行けという意味ではなく、気軽に訪問できる範囲内にもそのような施設はいくつもあるはずです。実際にその場に行ってみると印象が違うことは多くあります。行くことで分かることもいろいろあります。

 最後に、可能な限り生に近い情報に接すること。昔の新聞の縮刷版を読むと意外と面白かったりします。複製古地図を見るのも同様です。私は、新聞の方はあまり読みませんが、複製古地図は割とよく見ます。

 いずれにせよ、より生に近いものに接するのが面白さの秘訣だと思います。歴史のロマンに触れるには京都・奈良へ行かねばならない……といった思い込みはNGです。そう思い込んで時間がない金がないと悩む暇があれば、近所の歴史資料館を訪問すべきです。あるいは近所の図書館に行って、古地図や新聞の縮刷版を見るのも良いでしょう。

2007/11/23追記・「第1線の研究者」とは誰か §

 biacさんのトラックバックを見て補足説明を要する点が1つだけあったので、付記します。

 上の文章で「第1線の研究者」という言葉を使っていますが、これはより正確に言えば「次々と出現する史料と直接向き合っている人達」となります。

 たとえば、「古文書返却の旅―戦後史学史の一齣」という本がありますが、これは借り出した貴重な史料群をずっと返却できず、後で頭を下げつつ本来の持ち主の家々に返してまわったという話を書いた本です。別の例としては「新橋駅の考古学」という本があります。これは、汐留再開発の際に行われた発掘調査を元に日本鉄道発祥の地である新橋駅(汐留駅)の歴史を復元しようとする試みです。結局分からないことも多く、退屈な史料の検討にかなりの文章を割いている部分もありますが、直接史料に向かっていることは確かでしょう。こういった本を書いている人が、「第1線の研究者」だと私は考えます。

 また、地方自治体の歴史資料館の論集などに寄稿している学芸員や郷土歴史家も、地道に史料と向かい合い続けている限り「第1線の研究者」に含めて良いと考えます。

 もちろん、彼らの書いたものは全て正しいと保証するものではありません。しかし、正しいか否かという問題とは別に、読む価値があると考えます。

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2007年11月23日Re: 歴史の面白さとは何か? 一人の歴史ミーハーの歴史観From: biac の それさえもおそらくは幸せな日々@nifty

オータムさんが、 歴史について興味深い論考を書いてくれてます。ので、 紹介がてら、 一部ツッコミ f(^^; 過去は1つしか存在しないにも関わらず、絶対唯一の「 続きを読む

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