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The art of Ponyo on the cliff by the sea
The art of Ponyo on the cliff by the sea
紀伊國屋書店

2008年09月30日
トーノZEROアニメ感想崖の上のポニョtotal 3521 count

「崖の上のポニョ」の世界観に踏み込む試みPart4・これを踏まえずに映画を分かった気になってはいけない? 実は知性派だったポニョ!?

Written By: トーノ・ゼロ連絡先

 これは、宮崎駿ネットワーカーFCのWindsTalkメーリングリストに書いた内容の再編集版です。

 Part-3から続きます。

神奈川近代文学館 <特別展> 堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。 §

 日経の2008/09/27の朝刊(だと思う)の最後のページを見てびっくり。

神奈川近代文学館

<特別展> 堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。

10/4(土)→11/24(月・祝)

--展示替--11/25(火)~11/28(金)

大人700円 学生350円(予定) 

 ちなみに、宮崎駿の描いた堀田善衞作品のイラストらしいものが紙面に掲載されていました。ビジュアル面での宮崎さんorジブリの展示も期待して良さそう。

 で、催し物のご案内より

堀田善衞展記念講演会

□講師=宮崎駿(アニメーション映画監督)

 演題=「方丈記私記と私」

(中略)

!申込受付は締切りました。

 完全に手遅れだよ!

 ちなみに、宮崎駿は『方丈記私記』のアニメ化を長年に渡って構想していたのだそうだ。

 更に

堀田善衞展 映画会

□上映作品=「モスラ」

(1961年 東宝 原作:堀田善衞ほか 101分 出演:フランキー堺、小泉博、

ザ・ピーナッツ、香川京子 ほか)

■開催日=11月8日(土)

 調べてみたらモスラの原作者3人のうちの1人かよ!

 今頃気付いてけっこうショック。

 余談ですが。

 「神奈川近代文学館」は去年これをやった施設です。

佐藤さとる コロボックル物語展 だれも知らない小さな国

 このときに1回行っていますが、みなとみらい線の元町・中華街駅下車で降りて公園を歩けばそれほど遠くありません。横浜方面に気軽に出られる人なら楽に行けるでしょう。

フジモトやグランマンマーレの生き方はナウシカに通じる §

 さて、話を本題に戻します。

 しかし戻した瞬間、話はまた脱線します。

 前にこう書きました。

 「善も悪も強さも弱さも全てありのままに受け入れ飲み込む」とは言うほど簡単ではありません。何もかもありのままに受け入れるというのは、単に無批判に受け入れることを意味しません。何でも受け入れれば、受け入れたものがそれぞれ反発したって自分が崩壊します。つまり、とてもなく強靱な自己と誠実かつ揺るがない心の軸無くしては、このような受容はなしえないわけです。それに加えて、多様な相手を理解する知性と、寛容の心、妥協しない厳しい心も必要とされます。

 このような生き方の分かりやすい事例、誰もが知っている事例、宮崎キャラの事例ということを考えたとき、「ナウシカ」という名前が浮かび上がりました。

 上記の説明はナウシカの説明として読んでも全く筋が通ります。

 いや本当に書いた後でナウシカとピッタリ合うことに気付いて、書いた本人もびっくり。蟲すら受け入れる寛容な愛と、厳しい状況でも折れない心。それに、いざとなれば発揮される人並み外れた行動力や戦闘力。上記の条件にまさに当てはまります。

 そのことから、決定的に重要な推測を導き出せます。

 つまり……。

  • それはとっくに語り切った話であり、既に目新しくはないし特殊でもない
  • 従って、それをあらためて映画の中で詳しく説明するような手間が必要とされるわけがない。むしろ、くどくど同じことを説明されたら、観客はうざいだけ
  • 当然、映画の主テーマにもなり得ないから、遠景として描かれるだけ

 だから、この件に関して「説明されないと分からない」という批判は当たりません。それはナウシカの反復でしかないからです。あるいはナウシカ以外にも同様の事例はいくらでもあるので、それを一般教養として知っていれば、特に説明される必要もないでしょう。

 さて、フジモトやグランマンマーレの生き方がナウシカの生き方の反復に過ぎないとすれば、以下の2つも当然同様の意図を持った相似的な結論となります。

  • 墓所に眠る世界再生の秘法を破壊し、後は未来の人類次第。
  • ポニョから魔法を剥奪し、後は宗介とポニョ次第。

 従って、10年以上前にあたる1994年頃に描かれた結末の反復である以上、これもまた詳しく説明を要することではないし、作品の主テーマにもなりません。

 しかし、それだけではないでしょう。

 この映画は「ナウシカの結末」のその先の領域にまで踏み込んでいるような気がします。

 たとえば

  • リサとは、結婚して子供を作ったナウシカである
  • リサカーは、メーヴェである
  • 海は腐海であり、洪水は一種の大海嘯である
  • グランマンマーレとは、一種の王蟲である
  • フジモトとは、一種の森の人である

 といった関係性を想定することはできるでしょう。

 とすれば、「崖の上のポニョ」とは、「森の人と王蟲の間にできた娘」が、「ナウシカの息子」と深い信頼関係を持って結ばれる話であるとも言えます。

崖の上のポニョ=Nausicaa: The Next Generation

 うん。これ以上の暴走は野暮だろうし、さして意味がないから、ここで終わり。

 ただ、「崖の上のポニョ」が突き付けた問題は、実際にはナウシカの問題だろうと思いますよ。

 更に言えば、難しい話よりも前に、ナウシカに旦那と子供がいる、という状況そのものが受け入れられない人も多いのではないかな?

ナウシカはもののけ姫と似ていないがポニョとは似ている §

 更に話は脱線します。

 「ナウシカに旦那と子供がいる、という状況そのものが受け入れられない人も多いのではないかな?」という部分の話が続きます。

 これは、最近考える「オタクの罪」という話題に絡みます。

 最近、「オタクの罪」とは何かと考えることがありますが、たぶんそれは、キモいことでも、引きこもっていることでも、世間を知らないことでもなく、「ぬるい」ことだろうと思います。

 「ぬるい」の対極は「濃い」です。(本来は対義語ではありませんが)

 この事例は、典型的な「ぬるい」対「濃い」の問題そのものです。

 たとえば、惚れた女性キャラが他の男のものになってしまったら、もう捨ててしまう……というのは、ぬるいリアクションです。たとえ人妻であろうと好きなものは好きだ。いやむしろ「人妻である女性に惚れる背徳感がある方が燃える」と思うのが、濃いリアクション、と解釈することもできます。

 さてここで「燃える」と書いたのは誤変換ではありません。

 「萌える」ではないのです。

 ここで、この問題を「人妻は萌え属性の1つ」と位置づけ、「人妻萌えもあり」と認識すると、やはり「ぬるい」世界に入ってしまうのです。なぜかといえば、「萌え属性」とは「記号」であり「交換可能」でありそれ自体が独立した「対象」となってしまうからです。

 つまり、「人妻」という記号を愛好する行為はそれ自体が成立し、かつ、人妻である女性キャラではなく、「人妻」という抽象概念を愛好することができ、更に「人妻」であれば具体的な女性キャラは別人でも良いことを意味します。

 そしてこの裏側では、「人妻はオレの萌え属性じゃないから、他の男のものになったキャラはイラネ」という考え方が、このような「萌え記号世界」においては正当化されてしまいます。

 このような世界にあって、たとえば「リサ=結婚して子供もいるナウシカ」という図式が成立したとき、ナウシカファンがリサが好きだと言えるかどうかは、ただ単に当人が「人妻萌え属性」を持つか否かに還元されてしまいます。

 もちろん、この図式は仮定上のものでしかありません。しかし、この仮定が成立すると仮定した状況下で、「ナウシカは好きだけど、オレ人妻萌え属性ないからリサはどーでもいいや」という発言があれば「それは本当にナウシカが好きだったのだろうか?」という疑問が出てきます。結婚して子供を作ったぐらいで「どーでもいいや」と言える程度の愛だったとすれば、それは本当に最初からナウシカへの愛があったと言えるのか? それは「愛」と称する「記号」に過ぎなかったのではないか?

 つまり、これが私のいう「ぬるい」態度です。

 当然、その程度の「愛」しか持っていない相手とナウシカを語って面白いわけがありません。

 更にナウシカ絡みでもう1つ事例を引きましょう。

 WikiPediaで「風の谷のナウシカ」を引くと以下のように書かれています。

また、1997年に公開された宮崎駿監督作品『もののけ姫』のテーマは本作の延長

線上にあり、よく比較される。

 これも「ぬるい」と思います。

 なぜかといえば、ナウシカともののけ姫は本質的なレベルで全く「似ていない」からです。圧倒的な環境と人間の対立構造という表面的な類似があるだけです。

 もののけ姫という映画の本質は「神殺し」です。それは歴史上過去に存在したものであり、結果が既に分かっていることです。つまり、神々は人によって滅ぼされます。たとえば、新撰組をモチーフにした銀河旋風バクシンガーが、第1話を見た瞬間に最終回で彼らが滅びる結末を予測できるのと同じレベルで、結末が予測可能であるものです。

 その点で、圧倒的な環境と人間の関係性を未来に向かって選び取る選択の余地があるナウシカとは決定的に違います。ナウシカは結論が開かれていて、複数の選択肢から選び取ることができる世界の物語です。

 この相違は、「圧倒的な環境を担う者達(=蟲、神々)」の違いとして描かれています。腐海の蟲たちは語らない神秘的な存在ですが、森の神々は俗っぽく喋りまくる卑近な存在に過ぎません (シシ神を除けば)。であるから、森の神々は人によって滅ぼされることができるわけです。そして、シシ神だけは実体を失っても存在し続けることができるわけです。

 であるから、もののけ姫で問われるのは、いかにして「神の死」という出来事に向き合うのか、という態度の問題です。アシタカが選び取ったのは、シシ神の首を人間の手で返す、という行為です。まさにアシタカは「人間の手で返す」ことに強くこだわり、同じ人間であるサンと共にそれを行います。もののけ姫という物語はこの点に注目して見なければ意味がないものです。ナウシカが王蟲の子供を群れに返すときに、このようなこだわりは全く見せません。その点で、両者の類似は表面的なものであり、内容は決定的に違います。

 そのような決定的な相違を見ることなく、表面的な類似だけを見てナウシカを見る視線でもののけ姫を見る行為は決定的に「ぬるい」態度だと感じます。

 ここで更に脱線します。

 成り行きであらためてもののけ姫のことを考えていて気付きましたが、もののけ姫の物語は、堀田善衛的なムードが色濃く漂います。歴史認識は網野史観的ですが、ストーリーの立て方は堀田善衛的です。逆に言えば、司馬遼太郎作品とは全く似ていません。

 たとえば、私が1冊だけ読んだ「路上の人」は構造的にもののけ姫と重なる部

分が多くあることに驚かされます。

Amazon.co.jp: 路上の人 堀田 善衞 本より

時は一三世紀前半。舞台はイベリア半島とピレネー山脈、フランスを横切り、イタリアを南下してローマに及ぶ南欧の広大な地域。語り手は「路上のヨナ」と称ばれる浮浪人、ほとんど文字を読まず書かずの下層の人物だが、聡明で、ラテン語を含め多数の言語を話す。ある時は英国の外交使節やドイツの学僧や神聖ローマ帝国皇帝が法王庁に送った騎士(スパイ)等の従者となり、ある時は旅芸人の一団に身を投じ、必要ならば乞食をして東奔西走する。―堀田善衛(一九一八‐九八)が一九八五年にその大部分をバルセロナの客舎で書いた小説。

 路上の人、ヨナとは住居を持たず移動し続ける一種の流浪の人です。これは、隠れ里を出て流浪するアシタカに重なります。また、ヨナは権力者の手先的な人物の従者になったりしてそのような人物と触れ合ったり、意見を交換したりもしますが、これはアシタカとジコ坊との出会いも連想させます。最終的にヨナが教皇庁の騎士の従者として訪問する先は、差別され、虐げられた人たちが異端の宗教派閥を信仰して立てこもる険しい山岳城塞都市だったりしますが、これもタタラ場に重なります。

 ちなみに、路上の人は1985年に出版されているようです。つまり、ナウシカ連載開始の時点では存在しておらず、映画「もののけ姫」制作開始時には存在していました。おそらく、三の姫が主役の「もののけ姫」企画作成時にはまだ存在していなかった本でしょう。この本からの影響があるとすれば、「もののけ姫」の企画内容が最初の企画作成時から変わってしまったことは考えられることです。 そのように考えれば、「もののけ姫」は「ナウシカ」よりも「路上の人」にずっと似ていると言えます。

脱線のまとめ §

 映画「もののけ姫」のバックグラウンドにあるのはたぶん以下の3つ。

  • 堀田善衛的ストーリー&キャラクター
  • 網野史観
  • 照葉樹林文化論

 それに対しておそらくバックグランドとして希薄であるのは以下。

  • ・(特に映画の)風の谷のナウシカ

 従って、風の谷のナウシカを何千回見ても、風の谷の類推からエミシの里やタタラ場や理解できる可能性は全く無いでしょう。

 もちろん、宮崎監督は予備知識がない者が見ても分かるように映画を作っています。このケースにおいて映画が理解できなくなるのは、誤った予備知識を仕入れすぎたことに原因があります。過去の宮崎作品を何回見ても、宮崎監督の新作映画は理解できない……、むしろ理解から遠ざかる……という話は前に書いた通り。

 従って、ナウシカを見ても「もののけ姫」が分からないのが当たり前。

 雨降りサーカスを見ても「ポニョ」が分からないのは当たり前。

 というか、雨降りサーカスとポニョの類似は表面的なものに過ぎず、「母親と再会するために船出する少年」というモチーフはむしろ「母を訪ねて三千里」ですが、なぜ宗介をマルコに、ポニョをアメデオになぞらえる感想が出てこない?

フジモトのジレンマと知性派のポニョ §

 やっと話を戻します。

 グランマンマーレとフジモトが信奉する生き方は「善も悪も強さも弱さも全てありのままに受け入れ飲み込む」であり、それは容易に実行できることではないことを示しました。

 おそらく、グランマンマーレとはこのような生き方を行う存在でしょう。

 それに対して、フジモトは実際に描かれた姿としてはそのような生き方に失敗しています。

 というのは、「娘の人生への過剰介入」という形で、「ありのままの娘を受け入れていない」ことを示しているからです。

 たとえば、娘達が魚の姿をしていることは、明らかにフジモトが行った過剰な介入の結果でしょう。フジモトが理想とする生物の姿を娘達に与えたわけです。 しかし、フジモトが行った過剰な介入は姿形だけではないようです。どうも、娘達に膨大な知識とそれを活用する知性を与えようとしたのではないか、と思えます。そのことは、映画中の以下のような描写に見られます。

  • 発電機の問題箇所を見抜き、魔法の発動で除去できる
  • 最初に家に入ったとき、様々な物事をてきぱきと処理していくリサの行動をずっと観察し続けている (動き回るリサをずっと目で追っている)
  • フジモトを立ち入らせない結界を、フジモトが教えてもいないのに発動できる
  • ポンポン船の機関部に水を入れるという意図を即座に理解して実行した
  • デボン紀の魚を指さして、名前を即座にすらすらと言える

 更に言えば、以下の印象もリストに加えて良いかも知れません。

  • ポニョは常に目を大きく見開き、喜びをもって観察し、解釈し、理解しようと
  • しているように見える

 つまり、人間社会に慣れないために野暮ったく見えるものの、「ポニョは知性派」ではないかと思うわけです。あれだけの施設や機材を用意して魔法も使いこなすフジモトの子である以上、フジモトが持つ知性が受け継がれていると考えても不自然ではないでしょう。

 さてここで問題は「知性派が無謀な家出などするのか?」という点です。

 それは、「知性派だからこそ家出をする」と言えます。

 知性派であるからこそ、ポニョは自分がフジモトの思い通りになる人形ではないことを知っています。だから、フジモトの影響下から出るのは、ポニョにとって必然的な選択肢となります。

 これは、フジモトが与えた知性が逆にフジモトを裏切る原動力になるという皮肉です。

 更に、妹たちがポニョの味方でありポニョの家出を支援するのも当然の成り行きです。妹たちも、やはりフジモトの管理下から脱出したいと願っていて、それが可能になるまで成長することを待っていたのです。

 ここにフジモトのジレンマが発生します。その理由は、「善も悪も強さも弱さも全てありのままに受け入れ飲み込む」ことが娘に対してのみ徹底できないことに起因するものです。(ただし、それは父親としては当然のこと。その件は後でまた取り上げるかもしれません)

 しかしここでは、「ポニョは知性派」という認識の方を強調しておきましょう。しかも、自らの知性によってどのような問題も切り抜けられるという自信過剰気味の知性派です。こちらの方がキーになると思います。

 次回に続きます。

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