部屋には何冊か玉電/世田ヶ谷線関係の本もあります。そうえば、実際に大橋を見た状況を反芻するために、「玉電が走った街 今昔 JTBキャンブックス」という本を出してみたわけですが。
そこで、愕然としました。
- 大橋前後の状況がよく分かる。写真もどのあたりを撮っているのか良く分かる (以前はぜんぜん分からなかった)
- 説明文もかつては軽く読み流す程度だったが、かなり頭に入る。大坂の話も実際に坂を歩いたのでよく分かる (太閤さんが立派な城を築いた大阪やのうて魚運んで歌いながら上がった大坂やでー)
- 定点観測写真が並んでいる構成だが、最新が平成11年ぐらいで、実際に見た光景は更に違う。つまり、実際に見た光景を最新として、変化する直前も含めた定点観測が成立してしまった!
- 大橋の説明で幅は広いが短い橋があったというが、何の上に掛かっていたのかが説明されずとも分かる。おそらく空川だ
まさか、何回となく見た本(といっても、熱心に見たのは主に下高井戸と三軒茶屋間でしかないが)に、道路ばかりになって全く面白くないと思っていた246上の経路が面白いと思えるとは。
しかし…… §
よく考えると下高井戸から玉電で渋谷まで出たときに、大橋を経由しているはずです。しかし、印象に残っていません。もはや、さしたる難所ではなかったのかも。
もう1つ、池尻大橋が最寄り駅で、自分には縁遠いと思っていたのも間違いだったかも。神泉の駅から楽に歩ける距離です。つまり、井の頭線の沿線と解釈しても良い距離です。神泉なら、明大前の乗り換え1回で容易に到達できます。全部京王なので、電車賃もさほどかかりません。ターミナル駅付近では、路線間の距離が近いために最寄り駅が2つ以上あることも珍しくありません。
ちなみに、神泉で降りるため、明大前で乗り換える際に、急行に乗らないで各駅停車を待つのも、なかなか珍しい体験だったかも。