2011年03月14日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記total 2182 count

いなげや前支流(仮称)こそが最初の分水口の名残であるか?

Written By: 川俣 晶連絡先

 tokyoriverさんの北沢川源流域/北沢分水を辿る(1)はじめに。謎めいた分水口。より

北沢分水はここで分水された後1.5kmほど、玉川上水の南側に並行して流れたのち、下高井戸2丁目で南下していたのだが、(以下略)

 むむむ。

 典拠は書いてありませんが、これは凄いかもしれない。

 というのは、あらゆる矛盾を解消できるかも知れません。

 下高井戸2丁目に存在する水路跡は、「いなげや前支流(仮称)」と呼んでいた水路しか知りません。これがそうだとすると、以下の問題に全てケリが付きます。

  • 玉川上水方面から南への水路が複数存在することが想定されているが、玉川上水関連資料にそのような分水の記録はない→玉川上水から分かれているのではなく、平行する水路から分かれている
  • 「いなげや前支流(仮称)」の位置は、想定される分水点と大幅に食い違っている→平行して流れた後に分かれている
  • 「いなげや前支流(仮称)」より西にはあるのに東には水路の痕跡がない→そこから水路が分かれている

 ちなみに、分水された後しばらく平行するのは実は下高井戸分水も同じで、なんら奇異ではありません。

2011/03/17追記 §

 下高井戸2丁目は誤記というオチでした。続・いなげや前支流(仮称)こそが最初の分水口の名残であるか?参照。

Facebook

下高井戸周辺史雑記

キーワード【 川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記
【下高井戸周辺史雑記】の次のコンテンツ
2011年
03月
14日
甲州街道に通勤自転車部隊を見た
3days 0 count
total 2222 count
【下高井戸周辺史雑記】の前のコンテンツ
2011年
03月
13日
玉川上水下高井戸分水再見・実はまだまだ先があったのか!?
3days 0 count
total 1836 count

このサイト内の関連コンテンツ リスト

2010年
07月
14日
いなげや前支流(仮称)のおそらく流路が確定できた
3days 0 count
total 1750 count
2011年
03月
15日
北沢用水の最初の取水口はどこかagain
3days 0 count
total 1982 count
2011年
03月
17日
続・いなげや前支流(仮称)こそが最初の分水口の名残であるか?
3days 0 count
total 1712 count

このコンテンツを書いた川俣 晶へメッセージを送る

[メッセージ送信フォームを利用する]

メッセージ送信フォームを利用することで、川俣 晶に対してメッセージを送ることができます。

この機能は、100%確実に川俣 晶へメッセージを伝達するものではなく、また、確実に川俣 晶よりの返事を得られるものではないことにご注意ください。

このコンテンツへトラックバックするためのURL

http://mag.autumn.org/tb.aspx/20110314103853
サイトの表紙【下高井戸周辺史雑記】の表紙【下高井戸周辺史雑記】のコンテンツ全リスト 【下高井戸周辺史雑記】の入手全リスト 【下高井戸周辺史雑記】のRSS1.0形式の情報このサイトの全キーワードリスト 印刷用ページ

管理者: 川俣 晶連絡先

Powered by MagSite2 Version 0.34 (Alpha-Test) Copyright (c) 2004-2018 Pie Dey.Co.,Ltd.