2004年07月17日
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「箱男」という概念で紐解くインターネットの匿名幻想

Written By: 川俣 晶連絡先

 『〈美少女〉の現代史――「萌え」とキャラクター』(ササキバラゴウ 講談社)という本を読んで、インターネット上で感じる問題について解釈する糸口が得られたように思えたので、ここに書いてみます。

 念のために書きますが、以下の話は何ら内容が保証されるものではなく、うかつに信じてはいけません。むしろ、信じないことが適切な態度であるとあえて述べておきましょう。

どのような問題を対象としているか §

 ここで、私が問題にしていることは何かというと、以下のような話が当てはまります。ざっと、過去に自分の書いたものを並べてみました。

 これまでに触れていない問題として、「(無自覚な)暴力性」という問題も付け加えてみたいと思います。「(無自覚な)暴力性」とは、腕力を振るうことではなく、他人を傷つけるような言動を匿名の立場から、それと明確に意識せずに取ることを意味します。

 たとえば、明らかに常識に反することをあえて書いていることに対して、非常識な馬鹿だと書き手の全人格を否定するような愚弄文を「どこの誰が書いているか分からない」立場から書き込むような行為を示します。

「一方的に見る存在であって見られる側に立たない」類型 §

 男性オタクの1つの類型は、「一方的に見る存在であって見られる側に立たない」という形を取ります。このような人物を箱男と呼びます。そのように呼ぶ根拠はあとで述べます。

 「一方的に見る存在であって見られる側に立たない」というこの一点から、コミュニケーションの欠如、「個」の曖昧化、欠陥に対する無自覚性などが全て必然的に導かれます。

前掲書に出てくる話の極めて不正確で大ざっぱな要約 §

 かつて、男性が行動を起こす根拠として、国家や社会正義などがありましたが、1970年代以降それは失われます。それに変わって根拠として獲得されたものの1つが「美少女」であると言います。「美少女」は見られるために生み出される存在であり、見られることを必要とします。男性は、美少女を見る視線を持つ存在としての役割を獲得し、自らの居場所を得ます。(余談: この部分から、エヴァンゲリオン失敗の理由という考察が可能かもしれないと気付きました。美少女さえいれば最初から「僕」はここにいても良かったのです)

 また、男性は「かわいい」という価値観を女性側の価値観を共有したと考えることができます。しかし、視線は一方通行であるため、依然として男性は視線という暴力を女性側に投げかける者であるにも関わらず、そのような暴力性は偽装されてしまいます。

 もう1つ、「美少女」を「根拠」にしてしまった男性は、受動的な立場となります。自ら能動的に暴力をふるうことを望まない男性であっても、根拠づけられた場合には無自覚的に暴力を振るうことがあり得ます。

 (より詳しく正確には、前掲書を読んで下さい)

「美少女」との関係が一般化したとすれば §

 ここまでの話は、主に前掲書に出てくる話の極めて不正確で大ざっぱな要約ですが、これに1つの仮定を付け加えれば、多くのことがすっきりと説明できます。つまり、箱男が、「美少女」との関係で獲得した態度がそれ以外の相手にも発動される一般化した行動原理に転化しているとすれば、様々な問題が起きる理由と、なぜそれが解決できないかがすっきりと理解できます。

 自ら主体的に動くことのない「美少女」を見る視線、しかも一方的に見るだけの視線は無時間的です。無時間的であるということは、事象が時間軸に沿って変化していく概念であるコンテキストが希薄になるのは当然と言えます。また、一方的に見るだけの視線は、当然の帰結として異なる立場に立って考えることの欠如をもたらします。

 そして、上で述べたように、構造的な必然として無自覚的な暴力に結びつくことになります。

なぜ2ちゃんねるに人が集まるのか §

 なぜ、2ちゃんねるのような匿名掲示板に多くの人が集まるのかも、このような解釈から必然的に導かれます。このような態度を身に付けた多くの箱男が「一方的に見る存在であって見られる側に立たない」という存在であり続けようとすれば、自分自身のアイデンティティを徹底的に抹消する必要があります。そのためには、ハンドル名の一貫性すら管理されない完全に匿名の技術が必要とされます。

 そして、2ちゃんねるのような匿名掲示板が問題を引き起こしている理由も容易に分かります。「一方的に見る存在であって見られる側に立たない」という存在は、無自覚的な暴力性を内包しているからです。

 更に、多くの2ちゃんねる利用者がその暴力性に無自覚的である理由も既に示されています。それらは構造的に無自覚的に作用するのです。

私は「君たち」の仲間ではない理由 §

 私が箱男達と同じ仲間ではないことも、これらの解釈から明らかになります。私は自分の書いた文章を他人に読まれる立場であって、つまり他人から見られる存在です。「見られる側に立たない」人達とは、同じ立場ではあり得ません。

「箱男」とは何か §

 順番が相前後しますが、「箱男」とは何か説明します。

 箱男とは、前掲書176ページに紹介されている安部公房の作品です。

 安部公房は第四間氷期ぐらいしか読んでおらず、私はこの作品を読んでいませんが。

 ダンボール箱を上からかぶって、目のところに穴だけを開け、見るだけで見られることがない存在となって歩き回る話だそうです。

 非常に短く分かりやすく適切な言葉なので、「一方的に見る存在であって見られる側に立たない類型のオタク男性達」と書くかわりに、「箱男」という言葉を使ってみたいと思います。

 この言葉を使うと、たとえば「インターネット上には箱男が多く、2ちゃんねるであるとかWinnyのようなどこの誰がやっているか分からないように配慮された技術を、集団となって支持している」というような表現が可能になるでしょう。

見られていないという「幻想」 §

 相手が「美少女」ではなく、生身の人間であるとすれば。

 箱男が自らを「見られていない存在」であると考えることは、一種の幻想と言えます。確かに、かなりのところまで自分を隠すことができ、匿名化することはできます。しかし、全てを隠すことはできないし、様々な痕跡を見ることもできます。いわば、頭隠して尻隠さずといういような状況にあって、箱男もやはり間接的に見られているというのが現実だと思います。

箱男は肯定されるべきか否定されるべきか §

 前掲書の結論として、箱男を肯定する道も否定する道も示されています。どちらが正しいという価値観は示されていません。

 しかし、このような中立的な態度を取れるのは、箱男と美少女の関係においてだからだと思います。

 自らものを言わない「美少女」が相手なら、どんな態度を取ろうともさしたる問題にはならないでしょう。自分で責任が取れる範囲で何をしても、本人の自由と言えます。

 しかし、同じような態度を、生きている生身の人間に対して向けた場合は問題なしとは行きません。その場合、おそらくはいともたやすく自分で責任が取れる範囲を超えてしまうでしょう。実際に、インターネット上の箱男の一部は、そのような領域に足を踏み込んでいると思います。そのような行為を、当然の権利として認めることはおそらくできず、社会的な問題として扱う必要が出てくると思います。もちろん、高い匿名性によって小隊を隠すことが、問題の容易な解決を困難化にしていることは言うまでもありません。

オマケ・匿名性の剥奪に極端な拒否反応を示す人達 §

 世の中には、匿名性の剥奪に極端な拒否反応を示す人達がいます。

 アマチュア無線をやっていた頃の、コールサインを取ったあとにそのままコールブックに住所氏名が載ってしまった経験からすれば、匿名性を剥奪したやり方も選択肢としてあり得ると思いますが、そういう発想には全く進まない人達も見られます。

 どうして、極端な拒否反応を示すのか。

 それは、箱男が箱男であるためには、ダンボール箱が必要だからと考えればすっきり解釈ができます。箱男であることで、辛うじて行動する根拠を持ち続けている人達からすれば、ダンボール箱を奪われ素顔が晒されることは、人生の根拠を奪われることと同義であるのかもしれません。

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