映画「立喰師列伝」に誤解が多いと感じたので、ミニFAQを作ってみました。
ただし、押井さん本人に確認を取ったわけではなく、私個人が勝手に答を書いているだけなので、内容が正しいとは限りません。むしろ、間違っていると思って読む方が健全でしょう。
立喰師って何? §
様々な手段を用いて無銭飲食を行うことを生業とする人です。
ただし、この条件に厳密に当てはまらないケースもあります。
立喰師って本当にいる? §
いません。
映画の中では立喰師が実在するように言っているけど? §
映画の中で描かれる戦後史は一見して歴史を忠実にたどっているように見えて、実は悪意ある曲解を経て描かれたインチキの固まりです。たとえば、ウルトラマンは俳優の顔が生のまま出る同人映画だし、フラフープであのように身体が破裂するような事件は起きていないはずです。
ゆえに、立喰師の実在性とはその程度のものでしかありません。
つまり、この映画の歴史描写は、立喰師なんていないよ……ということを盛大に表現しているわけです。
映画の作品世界の中で立喰師は実在するということですか? §
違います。
作品世界の中ですら、実在するという証拠が存在しません。
様々な説があり、解釈も一定しません。
この映画の解釈は、作中の架空の人物である犬飼喜一の解釈です。
映画では立喰師が何か説明してくれません §
この映画は立喰師が実在する架空世界のドキュメンタリー映画の体裁を取っています。それゆえに、その架空世界の社会常識をあらため説明するような不自然な描写は含んでいません。
しかし、語られる言葉の連鎖から間接的に、立喰師が何者かはぼんやりと浮かび上がってくる仕掛けになっています。
ナレーションがうるさすぎて感情移入できないんですけど §
立喰師を主人公と考え、感情移入できるのが当たり前だと思っているなら、それは誤りです。
立喰師とは懐疑される存在であって、解釈も一定していません。彼らが何をしたのかも、確実には分かっていません。
ゆえに、そのような人物に感情移入できるはずもありません。
では誰に感情移入すれば良いの? §
誰にも感情移入する必要はありません。あなたは、あなたのまま映画を見れば良いのです。
それは、ドキュメンタリーを見る際に、そこで語られる歴史上の偉人にも、進行役のナレーターにも感情移入する必要がないのと同じことです。
そのことは、この映画がドキュメンタリー的な形式を取ることによって、とても分かりやすく明瞭に提示されています。
(ピー)ランドって何ですか? §
ディズニーランドと考えて間違いないでしょう。
明日は三塁打だ、と言ってバットを振るのはなぜ? §
吉野家のTVCMで、牛丼をおみやげに買ってきてもらった少年が「明日はホームランだ」という内容のものがあります。作中の予知野屋のモデルが吉野家です。
ロッテリアはなぜ実名なの? §
許可が取れたから、あるいは名前を使ってくれと売り込まれたからでしょう。
映画に名前を出すのは良い宣伝になります。
原子熱線砲って何ですか? §
特撮映画の架空兵器です。
WikiPedia参照
この映画が語る歴史が事実ではないことを明瞭に表現している一例です。
マーカライトファープって何ですか? §
特撮映画の架空兵器です。
WikiPedia参照
この映画が語る歴史が事実ではないことを明瞭に表現している一例です。
ケツネコロッケのお銀が銃を持って飛行機が飛んでいくのは何? §
彼女の正体は左翼活動家であり、海外で武力闘争に身を投じた……という感じでしょうか。
その後のお銀さんについては、コミック リュウ創刊号付属のDVDで描かれています。というか、それを知るための試みが失敗するという内容の短編映画がDVDに収録されています。一応、パレスチナでイスラエルと戦っていたらしい……ということになっています。
この映画の原作は? §
押井守による同名の小説です。
一見小説には見えませんが、民俗学の書籍の体裁を取った小説です。
オタクじゃないんだけど、この映画を見ても分かるかな? §
オタクではない方が分かりやすいと思います。
少なくとも、この映画はオタクを客だとは全く考えずに作られているように思われます。
無理にオタクがオタクの視点で見ても、不満が残るだけでしょう。
押井ファンじゃないんだけど、この映画を見ても分かるかな? §
一般的な意味での自称押井ファンではない方が分かりやすいと思います。
少なくとも、この映画は自称押井ファンを客だとは全く考えずに作られているように思われます。
無理に自称押井ファンが自称押井ファンの視点で見ても、不満が残るだけでしょう。
ディープな押井ファン以外には勧められないと聞いたけど? §
割とよく見る誤解です。
映画を見るために最低限必要なのは、日本の戦後史のアウトラインの知識、民俗学的に歴史を見る基礎的な視線、ドキュメンタリー番組を鑑賞する能力ぐらいなものでしょう。
特に、押井ファンしか知らないような特別な知識は必要ありません。
むしろ、押井とはこういう監督であるという思い込みが映画の理解を妨げるので、押井ファンでは無い方がより映画を理解しやすいでしょう。
それよりも、民俗学の基礎知識がある方がずっと映画を理解しやすくなります。
予備知識として勉強するとしたら、何をすればいい? §
過去の押井作品を見る必要は全くありません。
勉強するなら民俗学でしょう。香具師、山窩、流動民といったキーワードの意味するところを少しでもかじっておくと、映画から受け取る印象がグッと深くなります。
その後余裕があれば日本の戦後史。特に左翼運動のあたりを。
とはいえ、そこまで努力しなくても普通に見れば良いと思います。
結局、この映画が言ってることは何? §
あえて虚構の立喰師という人々を経由することで、日本の戦後史に対してなかなか言えない本音を語ってみる……という感じでしょうか。嘘を経由することで、逆に本音が言えるということです。
ゆえに、受け取るべきは押井監督の戦後史観であり、それをあなたの戦後史観と噛み合わせることで、映画の主題への印象が生まれるような気がします。
戦後史観なんて持ってないよ! §
戦後史のアウトラインを知っていて、それについての印象があれば良いのです。
ある程度真面目に生きていれば、たいていの人はこの条件をパスするはずです。
歴史の説明で変なシーンが出てきます。どんな顔で見ればいいのか分かりません §
「笑えばいいと思うよ」
このあたりは、笑わせるためにあえて変な描写を積み重ねているので、笑えばよいのです。
おかしなものを見て笑わないとすれば、既に何か変な先入観に囚われています。そのまま見続けても映画の内容がストレートに頭に入ってこない可能性があるので、見るのを中断しましょう。
ここまでの話は全部分かった上で見たけど、こういう映画は好きじゃないよ §
好き嫌いはまた別の問題です。
趣味は人それぞれなので、映画を受け止めた上で、好きではないと思うのは正当な権利です。
で、このミニFAQはあてになるの? §
最初に書いた通り、あてになりません。
間違っていると思って読むのが健全な態度でしょう。