「どうたい? 豆腐小僧は面白かったかい?」
「ずばり聞くなあ」
「どうなんだい?」
「褒めるべき美徳はいくつも上げることができるが、全体としては焦点がぼやけた映画になってしまった感がある」
「なぜだい?」
「船頭が多すぎて船が陸に上がってしまったのだろう」
「もっと具体的に頼むよ」
「京極夏彦の豆富小僧あるいは京極妖怪の多数派の特徴と言っても良いのだけど、それは「実在しない」が「ある」ということだ。妖怪とは概念なのだ。たとえ見えてしまうことがあるとしてもね」
「うん」
「でも、日本初の3D上映用長編アニメーションとしては、見えるものを描く必要がある。見えないものは3Dで描いても意味ないからね」
「見えないものは、映像として飛び出してこないわけだね」
「しかし、日本初の3D上映用長編アニメーションとしては、京極クラスのビッグネームの原作を必要としたんだろう。結果として3すくみで身動きが取れない中、煮えきれない映画ができてしまった」
「もう少し具体的に頼むよ」
「妖怪は概念上の存在であるという原作を尊重する描写は多い。袖を引かれることで出現する袖引き小僧などだ。行為の解釈として、妖怪が感得されるだけだ。しかし、行為抜きで生き物としての妖怪がいつまでも生きているという感じの描写もある。生きていて、人間を驚かせることが妖怪の仕事であると言ってしまうのだ。こういう、不思議な生き物としての妖怪描写はむしろ水木妖怪だ」
「水木妖怪ならみんな知ってるね」
「そうだ。水木妖怪と京極妖怪は違う。いくら京極先生が水木先生を尊敬していても、それとは別の話だ」
「別の話なのか」
「そうだ。別の話なのだ。しかし、とても多くの関係者が関わった結果として、おそらくその違いを分かっていない人がかなり関わったのでは無いかと思う」
「そうか。そこが映画として一貫しない原因だね」
「その一因は、水木妖怪が『日本に昔からいる不思議な生き物』として妖怪を創作してしまった点にある」
「昔からいるのに、創作してしまったの?」
「実際には、昔からいなかったのだ。しかし、昔からいるという来歴ごと創作してしまったのだ」
「そうか。歴史は後からいくらでも創作可能ということだね」
「すると非常に困ったことが起きる」
「それはなんだい?」
「水木妖怪を知ることと、妖怪を知ることはイコールとして解釈されてしまい、他の解釈が弾き出されてしまう人が出てしまうことだ」
「それはかなり痛いね」
「だからさ、豆腐小僧を読め、とは昔から言うけど実際に読んだ人は本当に少ない。ほとんと皆無と言っていい」
「面白い妖怪小説でしか無いなら、読まなくても分かるから読まなくていい、ってことだね」
「そうだ。テレビ付ければ鬼太郎を放送していて、それを見て『ああ楽しかった』と思った過去があるからそれで十分だというのだろう」
「でも、それじゃ、ちっとも前に進まないじゃん」
「そうさ。進まないんだ」
「いやな予感がしてきたぞ」
「その予感は正しい。豆腐小僧は、基本的に妖怪と人間は相互に干渉できない世界観であるが、この映画はかなり干渉し合ってしまう。しかし、干渉できないという描写もある。そこが煮え切らない印象を残してしまう」
良い点を探せ §
「でも、美徳はあるのだろう?」
「人間の傲慢さが大自然にしっぺ返しを食らうのはいいね」
「いいのか」
「それも最後に狸の陰謀に還元されてしまうのはアレだけど」
「そうか」
「あと東京の描写は凄くいいぞ」
「そんなに?」
「緑も見えない無機質なビルの群れから高速道路に並ぶ自動車群、スカイツリー。その上からの眺めもいい」
「そうか」
「でも、もっと凄いのは古い街並みを走り抜けるところ」
「どんな風に?」
「コンクリート板暗渠の古い、元水路とおぼしい道を走ったり、道ばたに大きな石あるいはコンクリートの板を並べた排水路があったりする。今時の蓋じゃない。古い蓋。あのへんの描写は、あえて暗渠ハンターとして言うと、最高だ。あそこが最高の見せ場だった」
「そうか」
「あと、3D映画の定番。エンディングのスタッフロールにいろいろ出てきて、目を楽しませてくれる」
その他 §
「観客の入りはどうだった?」
「封切り直後のGWにしては、かなりまばらであったな。まあ9:15からという早い時間の上映という点は割り引くべきだろうが、今ひとつ客は入っていなかった感じだ」
「その点はどうなんだろうね?」
「可愛い豆腐ちゃんで家族客や子供客が集めやすいGW商戦で商売をするという狙い目はすべった気がするな。どちらにしても、結局豆腐小僧というのはそういう原作では無い。豆腐を持って立っているだけの小僧の妖怪が、可愛いからというだけの理由で客を呼べると思うのは間違いだろう。原作はそこから深い思索の世界に降りていくが3Dで見せるものでもない」
「思索を深めても、それは飛び出さないってことだね」
「ベクトルとしてはむしろ逆になる」
「本来の豆腐小僧の立ち位置って何だろう」
「映画なら、妖怪大戦争で、単に豆腐を持って立っているのがいいところではないだろうか。それが、ただ単に豆腐を持って立っているだけの妖怪の正しい立ち位置だ」
「なるほど。小豆は身体にいいわけですね」
「そうだ、ゴミを捨てるときは気をつけろよ」
「他には?」
「実は始めてマイ3Dメガネ持参で見に行ったが、鮮明度は落ちていた。可能なら毎回100円払って新しいメガネをもらって見た方がいいかもしれない。意外と大切に保存したつもりでも傷とか汚れが付いている」
「判断が難しいね」
「ああ、難しい。差額100円は節約した方がいいのか非常に微妙だ」