「というわけで、ジブリの新作、コクリコ坂、試写会で見てきたぞ」
「面白かったかい?」
「100%手放しでは褒められない点も残るが、総合的には最後の最後まで全く飽きないで楽しめた。いい映画だ」
「いいのか」
「そうだ。毎朝海に信号旗を掲揚して、父は朝鮮戦争のLSTの船長で触雷で死んでしまい、母親は家におらず、妹も弟も祖母もテレビで舟木一夫が出ると言っては買い物にも行ってくれず自分で肉屋まで走って、お釜でメシを炊く黒髪お下げ少女が主人公で面白くならないわけがない」
「は?」
「ガスコンロの上のお釜でメシを炊くのだが、マッチで火を付けるのだ。そういう時代なのだね」
「メシが重要なのか!」
「もちろんだ」
構造の問題 §
「この話は3つの軸がある」
「それはなんだい?」
「1つは主人公と相手役の恋愛の話。もう1つは、古い建物の取り壊しに反対するためにみんなで掃除する話。群像劇でわいわいやる楽しい話だ。最後の1つは、建物そのものだ。古い建物がキャラクターとして自己主張する。主人公の家も同じだ」
「とても立体的だね」
「だから3D映画ではないが、物語は立体的なのだ」
「些細な問題を吹き飛ばす長所ということだね」
海の問題 §
「良かったのは、海と船の描写。海はけして静かではない。船は揺れるものだ。だから、最後に船に乗り込むときにタラップが暴れて慎重に飛び乗る描写は凄くいい」
「そこは重要?」
「そうだ。それはなぜ小さい船で船出するどうぶつ宝島がわくわくできるのか、という理由にもなっている。あれは海の波が大きいのだ」
言葉の問題 §
「LSTとかピカドンとか、説明無しにどんどん時代的な言葉が使われている」
「そこはマイナス点?」
「硬派だけど嫌いじゃないぜ!」
「分からない人は見てもダメってこと?」
「分からない言葉は無視していい。だって、この映画は恋愛映画なんだぜ。2人が結ばれるかどうかだけ分かればいい」
朝鮮戦争の問題 §
「朝鮮戦争が重要な背景として入ってくるのはいいね。どうも日本では、太平洋戦争とベトナム戦争の間に朝鮮戦争があったことが忘れられがちという気もするが、当時の日本人には他人事では無かったはずだ」
「うーむ」
「特にLSTに乗って戦争の現場に行った日本人にはね」
左官屋の娘の問題 §
「左官屋の娘がかっこいいぞ」
「そうなの?」
「最強のその他大勢だろう」
「その他大勢なのか」
「左官屋の娘の活躍を描けるのは、もともと左官屋のような職人が活躍する世界に片足を突っ込んでいた宮崎吾朗監督ならではなのだろう。たぶん」
肉屋問題 §
「耳をすませばと、コクリコ坂からの違いは何かと言えば、前者が次女タイプであるのに対して、後者は長女タイプってことなのだろう」
「それで?」
「だからさ。耳をすませばは父さんの弁当を届けて少年と遭遇するが、後者は自分で料理するための肉を買いに出かけて少年と遭遇し、肉屋で買ったコロッケを1つもらえる。この差が、2つの映画を分けるのだろう。ちなみに、おもいでぽろぽろの主人公も次女タイプだね」
「その差は大きい?」
「うん。たとえばラピュタのシータは長女タイプ。待っているのでは無く自力で問題を解決しようとするタイプ」
性転換 §
「北斗さん。女になっちゃった!」
「ウルトラマンA?」
「ちがーう」
カルチェラタンと哲学男 §
「カルチェラタンというのは、原作には無い要素だね」
「なんだそれは?」
「哲学男が面白い」
「は?」
三段窓問題と氷川丸問題 §
「主人公が横浜と東京を移動する電車は三段窓だ。おそらくモハ72系だ」
「1963年なら、もう新性能電車が走ってないか?」
「京浜東北線が103系になるのは1965年らしいので、まだ三段窓の電車でいいのだろう」
「101系は?」
「もっと後で入ったらしい」
「そうか」
「しかし横浜港には氷川丸がいる。マリンタワーもある」
「えっ?」
「氷川丸は1960年に運航を終了してから係留されているらしいので、1963年には既に横浜港にあるということでいいようだ。マリンタワーは1961年なので、1963年に間に合ってる。そこにあっていいようだ」
「なるほど」
建物の問題 §
「建物への思い入れの深さは、江戸東京たてもの園に深く関与しているジブリならではだろう」
「そうだね」
「でもそれだけでなく、坂の上という地理的景観も含めて、宮崎吾朗監督ならでは思い入れがあるのだろうと思う」
「そこまで」
「うん。高低差の描き方がある意味で上手い。いつも起伏を意識しているプロの目が入ってる感じだ」
理由 §
「SPACE BATTLESHIP ヤマトは何通応募しても試写会に当たらなかった。でも、この映画は1つしか応募してないのにあたった。その理由が何となく分かった」
「それはなんだい?」
「期待度が凄く低いんだ」
「えっ?」
「試写会の会場でも意外と空席があったし、2名まで入れる権利が当たったからけっこうあちこちに声を掛けたけど、1人として見たいという人が出てこなかった。見たいけど都合が合わない、という人すら出てこなかった。かなり期待されていない」
「そうか」
「結局、1人で会場に行ったら、券を忘れたが見たいという人に、一緒に入れてくれと言われて承諾したよ」
「そうか。結局、無駄にはならなかったんだな」
「うん」
「それだけ?」
「いや。実は池袋でやるジブリの展示会のチケットまでくれた。大盤振る舞いだ。てこ入れに必死という感じだな」
「君の意見はどうなんだい?」
「映画の出来からして、この期待感の低さは不当な評価だと思う」
「もっと見られていい映画だってことだね」
オマケ §
「最後に聞きにくいことを聞くぞ」
「うん」
「どのへんが完成度未熟?」
「ドラマの重さとBGMの軽さがちょっと似合ってないと感じた部分もある。あと、登場人物の中には途中から出番が無くなってしまう人たちもいて、少し構成に難がある。理事長は物わかりが良すぎる。ラストは他人の力で問題が解決しすぎる。結末が過剰にハッピーエンド過ぎる」
「問題は多いね」
「でもさ。主人公の魅力で全部吹っ飛ぶぐらいの軽い問題だ」
「じゃあ、この映画はいいの?」
「うん。もう1回ゆっくりと見たいね」