2015年07月09日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記total 777 count

玉電上町駅のホーム移動問題に、決着らしいものが付いてきた

Written By: 川俣 晶連絡先

「きむらたかしさんに見せていただいた【各電車停留場設備図】には、上町から下高井戸までの各駅のホーム配置が描かれていた。計画図なので、山下停留所は無いが、前田停留所は含まれる」

「それで?」

「うん。他にもいろいろ興味深い情報が拾えた」

「どんな情報?」

七軒町 §

 松澤停留所となっている

山下 §

 存在せずその代わりに前田停留所が存在する

宮の坂 §

 八幡前停留所となっている (豪徳寺前は別にある)

上町 §

 世田谷停留所となっている

 現在と同じ位置にホームがある

「問題はなに?」

「七軒町も気になるのだがね。開業時は松澤で後から七軒町になったのか。それとも、計画段階だけの名前で、開業時から七軒町であったのか」

「でも、分からないのだね?」

「松澤と表記した資料の持ち合わせはない」

「それで話はおしまし?」

「いいや本題はここから」

「どんな問題だい?」

「上町のホームの位置の問題だ。5年ぐらい前に、昭和4年ぐらいの地図で、踏切の東に駅を描いている地図と西に駅を描いている地図があって矛盾していることを言っている」

「それで?」

「踏切の東西の双方にホームがあったとすれば、表記の揺れが納得できる」

「どちらも正解で不正解ってことだね」

「しかし、このホームの配置は現在と同じだが、この配置は玉川線廃止に伴って車庫を作るときに成立したことが分かっている」

「矛盾している?」

「いや、ホーム移動2回で元の場所に戻った可能性が出てきた」

「2回移動したのか!」

「実際に古い航空写真(goog地図の昭和22年や38年)を見ると、現在の車庫の位置にホームがあるにも関わらず、現在と同じ位置にホームの痕跡的なものが見える」

「でも仮説だろう?」

「しかし、同じ問題を扱っている人はいた」

「開業時の形に戻ったというのが正解のようですって、君と言ってることが同じだよ」

「しかし、見ている資料が違うので、おそらくこの仮説は正解なんだろう」

「それが結論だね」

「その通りだ。しかし、1つだけ疑問は残る」

「疑問というと?」

「2回目の移動は玉川線廃止のときに車庫を作るためだった。ならば1回目の移動はいつで理由はなんだろう?」

「何か仮説はあるの?」

「昭和14年の地図でも表記に変化が無いので、太平洋戦争開戦までは同じだった可能性がある。japan_city_plansの地図でも同じ。しかし、終戦直後の昭和22年では移動済み。戦争中に移動した可能性がある」

「つまり?」

「戦災でホームが燃えて、急造のホームを現在の車庫の位置に作ったのではないだろうか」

「それが仮説だね?」

「そうだ」

「それはどの程度正確?」

「分からない。地図は嘘をつくからね。それにただの想像に正確さなどない」

Facebook

下高井戸周辺史雑記

キーワード【 川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記
【下高井戸周辺史雑記】の次のコンテンツ
2015年
07月
19日
山下のホーム配置について・かなりの決着編
3days 0 count
total 630 count
【下高井戸周辺史雑記】の前のコンテンツ
2015年
07月
08日
山下駅移動問題は前田問題に派生した・玉電の前田駅はどこにあったのか?
3days 0 count
total 743 count

このサイト内の関連コンテンツ リスト

2010年
04月
04日
世田谷線の若林駅で気になること
3days 0 count
total 1841 count
2010年
04月
05日
世田谷線宮の坂駅移動の話
3days 0 count
total 2539 count
2010年
04月
07日
世田谷線の駅移動の話・一応のまとめ
3days 0 count
total 1851 count
2010年
04月
07日
滝坂道を走るバス路線があったらしい
3days 0 count
total 2589 count
2010年
04月
08日
世田谷線・山下と上町の駅も移動しているという疑惑が発覚
3days 0 count
total 3113 count
2010年
04月
08日
世田谷線は不自然である疑惑
3days 0 count
total 1862 count
2010年
04月
08日
山下駅の研究・これは一筋縄では行かないか
3days 0 count
total 1797 count
2010年
04月
09日
世田谷線前史のまとめ
3days 0 count
total 2624 count
2010年
04月
09日
山下駅の研究・上下線が同じ位置とは限らない
3days 0 count
total 1949 count
2010年
12月
19日
水路跡発見と世田谷駅移動の必然性
3days 0 count
total 1921 count
2015年
03月
29日
玉電山下は2度死ぬ・山下駅2回移動疑惑の勃発
3days 0 count
total 659 count
2015年
04月
24日
玉電山下は2度死ぬ・山下駅2回移動疑惑の勃発【解決編】
3days 0 count
total 871 count
2015年
07月
08日
山下駅移動問題は前田問題に派生した・玉電の前田駅はどこにあったのか?
3days 0 count
total 743 count
2015年
07月
19日
山下のホーム配置について・かなりの決着編
3days 0 count
total 630 count
2015年
07月
22日
山下駅の移動問題のおそらく決着らしいものの図示
3days 0 count
total 684 count
2015年
08月
02日
上町駅の1回目のホーム移動の時期が推測可能になった
3days 0 count
total 651 count
2015年
08月
26日
世田谷駅には、千鳥配置になる前があった!?
3days 0 count
total 696 count
2015年07月09日
川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記total 777 count

玉電上町駅のホーム移動問題に、決着らしいものが付いてきた

Written By: 川俣 晶連絡先

「きむらたかしさんに見せていただいた【各電車停留場設備図】には、上町から下高井戸までの各駅のホーム配置が描かれていた。計画図なので、山下停留所は無いが、前田停留所は含まれる」

「それで?」

「うん。他にもいろいろ興味深い情報が拾えた」

「どんな情報?」

七軒町 §

 松澤停留所となっている

山下 §

 存在せずその代わりに前田停留所が存在する

宮の坂 §

 八幡前停留所となっている (豪徳寺前は別にある)

上町 §

 世田谷停留所となっている

 現在と同じ位置にホームがある

「問題はなに?」

「七軒町も気になるのだがね。開業時は松澤で後から七軒町になったのか。それとも、計画段階だけの名前で、開業時から七軒町であったのか」

「でも、分からないのだね?」

「松澤と表記した資料の持ち合わせはない」

「それで話はおしまし?」

「いいや本題はここから」

「どんな問題だい?」

「上町のホームの位置の問題だ。5年ぐらい前に、昭和4年ぐらいの地図で、踏切の東に駅を描いている地図と西に駅を描いている地図があって矛盾していることを言っている」

「それで?」

「踏切の東西の双方にホームがあったとすれば、表記の揺れが納得できる」

「どちらも正解で不正解ってことだね」

「しかし、このホームの配置は現在と同じだが、この配置は玉川線廃止に伴って車庫を作るときに成立したことが分かっている」

「矛盾している?」

「いや、ホーム移動2回で元の場所に戻った可能性が出てきた」

「2回移動したのか!」

「実際に古い航空写真(goog地図の昭和22年や38年)を見ると、現在の車庫の位置にホームがあるにも関わらず、現在と同じ位置にホームの痕跡的なものが見える」

「でも仮説だろう?」

「しかし、同じ問題を扱っている人はいた」

「開業時の形に戻ったというのが正解のようですって、君と言ってることが同じだよ」

「しかし、見ている資料が違うので、おそらくこの仮説は正解なんだろう」

「それが結論だね」

「その通りだ。しかし、1つだけ疑問は残る」

「疑問というと?」

「2回目の移動は玉川線廃止のときに車庫を作るためだった。ならば1回目の移動はいつで理由はなんだろう?」

「何か仮説はあるの?」

「昭和14年の地図でも表記に変化が無いので、太平洋戦争開戦までは同じだった可能性がある。japan_city_plansの地図でも同じ。しかし、終戦直後の昭和22年では移動済み。戦争中に移動した可能性がある」

「つまり?」

「戦災でホームが燃えて、急造のホームを現在の車庫の位置に作ったのではないだろうか」

「それが仮説だね?」

「そうだ」

「それはどの程度正確?」

「分からない。地図は嘘をつくからね。それにただの想像に正確さなどない」

Facebook

下高井戸周辺史雑記

キーワード【 川俣晶の縁側歴史と文化下高井戸周辺史雑記
【下高井戸周辺史雑記】の次のコンテンツ
2015年
07月
19日
山下のホーム配置について・かなりの決着編
3days 0 count
total 630 count
【下高井戸周辺史雑記】の前のコンテンツ
2015年
07月
08日
山下駅移動問題は前田問題に派生した・玉電の前田駅はどこにあったのか?
3days 0 count
total 743 count
【下高井戸周辺史雑記】のコンテンツ全リスト【下高井戸周辺史雑記】の表紙

このサイト内の関連コンテンツ リスト

2010年
04月
04日
世田谷線の若林駅で気になること
3days 0 count
total 1841 count
2010年
04月
05日
世田谷線宮の坂駅移動の話
3days 0 count
total 2539 count
2010年
04月
07日
世田谷線の駅移動の話・一応のまとめ
3days 0 count
total 1851 count
2010年
04月
07日
滝坂道を走るバス路線があったらしい
3days 0 count
total 2589 count
2010年
04月
08日
世田谷線・山下と上町の駅も移動しているという疑惑が発覚
3days 0 count
total 3113 count
2010年
04月
08日
世田谷線は不自然である疑惑
3days 0 count
total 1862 count
2010年
04月
08日
山下駅の研究・これは一筋縄では行かないか
3days 0 count
total 1797 count
2010年
04月
09日
世田谷線前史のまとめ
3days 0 count
total 2624 count
2010年
04月
09日
山下駅の研究・上下線が同じ位置とは限らない
3days 0 count
total 1949 count
2010年
12月
19日
水路跡発見と世田谷駅移動の必然性
3days 0 count
total 1921 count
2015年
03月
29日
玉電山下は2度死ぬ・山下駅2回移動疑惑の勃発
3days 0 count
total 659 count
2015年
04月
24日
玉電山下は2度死ぬ・山下駅2回移動疑惑の勃発【解決編】
3days 0 count
total 871 count
2015年
07月
08日
山下駅移動問題は前田問題に派生した・玉電の前田駅はどこにあったのか?
3days 0 count
total 743 count
2015年
07月
19日
山下のホーム配置について・かなりの決着編
3days 0 count
total 630 count
2015年
07月
22日
山下駅の移動問題のおそらく決着らしいものの図示
3days 0 count
total 684 count
2015年
08月
02日
上町駅の1回目のホーム移動の時期が推測可能になった
3days 0 count
total 651 count
2015年
08月
26日
世田谷駅には、千鳥配置になる前があった!?
3days 0 count
total 696 count

このコンテンツを書いた川俣 晶へメッセージを送る

[メッセージ送信フォームを利用する]

メッセージ送信フォームを利用することで、川俣 晶に対してメッセージを送ることができます。

この機能は、100%確実に川俣 晶へメッセージを伝達するものではなく、また、確実に川俣 晶よりの返事を得られるものではないことにご注意ください。

このコンテンツへトラックバックするためのURL

http://mag.autumn.org/tb.aspx/20150709113905
サイトの表紙【下高井戸周辺史雑記】の表紙【下高井戸周辺史雑記】のコンテンツ全リスト 【下高井戸周辺史雑記】の入手全リスト 【下高井戸周辺史雑記】のRSS1.0形式の情報このサイトの全キーワードリスト 印刷用ページ

管理者: 川俣 晶連絡先

Powered by MagSite2 Version 0.25 (Alpha-Test) Copyright (c) 2004-2017 Pie Dey.Co.,Ltd.