この話題は分けて書きます。
まず、世田谷線は本来下高井戸を目指すものではなかったという話は、何をもって計画段階とするかによっても変わり、計画も1つでは無い可能性があります。
さて、ここで世田谷線は不自然である疑惑を最近持つようになった理由は、以下にあります。
より具体的に書けば以下の通りです。
- 上町から桜新町は歩いて歩けないことはないぐらい近い。ところが、三軒茶屋経由で行くと驚くほど遠回りになる
疑問を持つ根拠はここにあります。
- 下高井戸と三軒茶屋を結ぶのであれば、もっと東よりのルートを取る方が近い
- 下高井戸と既存路線を直結するなら桜新町につないだ方が近い (補助128号線のルートでもある)
- 上町で急に曲がることで、烏山川の支流、烏山川の2回も川を渡る必要がある。少し手前で曲がれば分岐点より前で渡ることができ、橋は1つにできるがそうしていない
他の大曲りと比較する §
京王線の府中の西側にも大曲りがあります。急に向きを南に変え、多摩川を渡っていきます。これは原因が分かっていて、計画変更です。地元の要望で南回りのルートで建設されたからで、線路が南に曲がっています。京王の社史などに書かれている通りです。
ということは §
三軒茶屋-世田谷間と世田谷-下高井戸間は別々に開業しています。WikiPediaより
現在の世田谷線の区間は、1925年(大正14年)1月18日に三軒茶屋駅 - 世田谷駅間が玉川電気鉄道(玉電)の支線として開業したのに始まる。5月1日には残りの世田谷駅 - 下高井戸駅間が開業した。
実は、この差は路線の意図の違いではないか、という気がします。つまり、開通後の運用としては一体ですが、世田谷駅以西には割と無理がないのに対して、世田谷駅以東は無理だらけです。
あらためて考えてみる §
下高井戸付近は、北沢川支流の谷に沿っています。その後、北沢川支流は東に向きを変えて分かれて線路と分かれていきますが、線路が分かれてしまう理由はおそらく豪徳寺を東に回らねばならないルート取りにあります。
豪徳寺を東に回ることは、世田谷駅までの経路は確定済みで、そこから西に回れなかったのだとも考えられます。上町付近まで用地買収が進んでいて、そこまで直線で行けたとも考えられます。
ちなみに、小田急との接続はこちらの方が速いので、考えられているかどうか分かりません。
感想 §
上町から世田谷中央図書館まであるいたことは何度もあります。それほど遠くありません。更に同じぐらいの距離を歩くと桜新町です。そういう距離関係にあることに気付いたのは最近です。