君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
前回のあらすじ §
新人メイドとご主人様達の初めての顔合わせの会場では、ついにご主人様達がメイドを決めるオークションタイムに突入した。
メイははたして誰に落札されるのか!?
メイド達が憧れるレッド・ダンディや白きプリンスか? それとも、残酷なメイド趣味の持ち主のご主人様達か?
第11話より続く...
第12話『運命の落札、メイド・オークション』 §
メイは、うかつにも自分の名前が読み上げられたことに気付かなかった。
無理もない。
メイを始めメイド達がここで目指すべきは、ご主人様に選ばれること。そして、最も栄光あるメイドとは、最も高額でご主人様に落札されるメイドなのだ。それが、メイド達の常識であり、それどころか人生を掛けて達成すべき至高の目標であったのだ。
それにも関わらず、鉄鎖が投げかけた言葉は、それが無知なる愚か者の所行であるかのような言い方であった。
鉄鎖は言った。
「金で買われるというのが、人間性の否定だってことが分かっているのか?」
しかし、メイには人間性という言葉の意味が分からなかった。鉄鎖が、何か大切な意味を込めてその言葉を使ったことだけはムードから分かった。それなのに、それが何を意味しているのか、メイには分からなかった。そのことがショックだったのだ。
だが、それだけではない。
鉄鎖はこうも言った。
「金で買えるのは人ではなくモノだぞ」
メイは、人とモノが違うのは当たり前だと思っていた。人は生きているが、モノは生きていない。当たり前の区別だと思っていた。しかし、鉄鎖は、金で買えるものはモノだと言い切った。つまり最高落札額を出したご主人様に仕えるメイドは、人ではなくモノだと言い切ったのだ。
しかし、メイはその意見に同意することはできなかった。ご主人様はメイドを選ぶが、一人のメイドが複数のご主人様にお仕えすることはできない。身体は1つしかないのだ。どこかで、メイドの所有権を調停しなければならない。オークションのシステムは、ご主人様の本気度を入札額によって評価し、真にそのメイドを望むたった一人のご主人様を決めるために必要とされているのだ。そうでなければ、他にどのようなシステムを使えというのだ。ろくに、世の中の仕組みも知らないくせに、いい加減なことを言わないでほしい。
メイは、鉄鎖に対する怒りを感じた。
ショックと怒りが頭の中で渦巻くメイは、当然のように自分の名前と落札者が発表されるのを聞き落とした。
「メイちゃん」と肩を叩かれて、メイははっと我に返った。
周囲に、もう新人メイドは残っていなかった。最後まで残ったメイドがメイであったのは間違いなかった。
肩を叩いたのは、レッド・ダンディだった。
彼は言った。
「おめでとう。君は最高額で落札されたんだ。それも、常識的な相場の5倍という金額でね。まあ、いろいろあるにせよ、その事実を誇りにするといいよ」
落札された……。
メイはその言葉の意味が頭に染み込んでくるのに数秒を要した。
つまり、レッド・ダンディに落札されたというのか。
メイは少しホッとした。
覚悟はしていたが、メイドの身体に傷を付けて喜ぶタイプのご主人様はやはり怖いし、まして鉄鎖に選ばれた場合には、耐え難い苦痛と感じられる可能性すらあった。
「してやられたよ」とレッド・ダンディの後ろに、白きプリンスが現れた。「メイ君を確実に落とせる金額を入れたつもりだったのだがね」
「すると君も、ティーのメッセージを受け止めたわけだね?」とレッド・ダンディは答えた。
「そうさ。彼女のこのメイド服は僕らにとって、特別な存在だからね。あのティーが、自分の至宝をわざわざ着せてステージに立たせた以上、メイ君を僕らに指名しろと言ってきたのは明白だ。だから、常識的な金額の倍額で入札したのだ」
「倍額か。たぶん僕と同じぐらいの金額だろうね」とレッド・ダンディはうなずいた。
メイは思った。同じぐらいの金額……と言うことは、僅差で自分はレッド・ダンディに落札されたことになる。つまり、僅かな差で、白きプリンスのものになっていた可能性もあるわけだ。
理屈はさておき、メイド達の憧れの対象である白きプリンスとレッド・ダンディが自分を競ったということは誇らしかった。
そして、最高落札額の発表が最後で良かった、とメイは思った。もし、多くの新人メイド達がここにいれば、嫉妬の視線でメイは焼き殺されていただろう。
そこにティーがやって来て、二人に挨拶した。
「済まなかったね、ティー」と白きプリンスは謝った。「相場を見誤った」
「とんでもございません」とティーは深く白きプリンスに頭を下げた。しかし、怜悧なティーの方が、まるで格上のようにメイには見えた。
「僕も謝るよ」とレッド・ダンディが言った。「ティー、済まなかった。僕も落札額を甘く見ていた」
メイは、ハッとした。
レッド・ダンディが謝っている?
どういうこと?
レッド・ダンディがメイを落札したのではなかったのか?
白きプリンスが言った。「あのメイドに冷たい男が、これほどの金額を注ぎ込むとはね。あれは一財産と言って良い金額だ」
メイドに冷たい?
いった誰の話をしているのだろうか?
レッド・ダンディは答えた。「でも、彼はイラストレーションで儲けているからね。あの程度の金額、本気を出せばポンと出せるだろう。競う相手が鉄鎖だと分かっていれば、当然配慮に入れているはずの情報だったよ」
鉄鎖?
どういうこと?
まさか、メイを落札したのは鉄鎖だというのだろうか?
メイは目の前が真っ暗になった。
続く.... §
こともあろうに、最も落札されたくなかった相手、鉄鎖に落札されてしまったメイ。
メイドにショックを与えたり怒らせたりする鉄鎖のメイドとなって、はたしてメイはやって行けるのだろうか?
これにてオークション編が終わり、次回からはメイド労働編が開始!!
次回に続く!
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
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