君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
前回のあらすじ §
本来ご主人様であるはずのオターク族であるのに、メイドになっている人物。そして、彼女を呼ぶご主人様の声。いったい、彼女とご主人様の関係はどうなっているのか。そして、男と女は対等だと言い切り、メイを混乱させるメイン・ベスの真意とはいったい?
第16話より続く...
第17話『ご主人様の仕事と聞いて首をかしげる新米メイド』 §
まだ何かを言おうとしていたオターク族のメイドは、彼女を呼ぶ声を聞くと態度を変えた。
「さて、怠ける時間はこれでおしまい」と彼女は立ち上がった。「じゃあね、あなたと話をすると面白いから、また仕事をさぼってお話ししようね!」
彼女は、楽しげにウィンクすると、そのまま屋敷の裏口から中に入っていった。
メイは、どうやらオターク族のメイドは、メイン・ベスという名前らしいと気付いた。
ドアを閉じる直前に、メイン・ベスは振り返って言った。「1つ、あなたにアドバイス。仕事をしているのはメイドだけだと思わないように、ね!」
そして、メイン・ベスはドアの中に消えた。
ドアの向こうから、声高にメイドを叱責する甲高い声が聞こえた。
メイは、メイン・ベスが叱責されているのかと思った。
しかし、厳しい体罰を与えているらしい悲鳴がかすかに聞こえてくると、分からなくなった。メイン・ベスはオターク族であって、オターク族は罰を与える側の存在だ。
メイは別のメイドが罰を与えられているのだと解釈した。しかし、それで納得できたわけではなかった。
その後、メイの心は別の問題で一杯になった。
仕事をしているのはメイドだけではない……。メイン・ベスはそう言った。
メイドはご主人様に言いつけられて仕事をする。それは間違いのない真理だ。メイン・ベスはそれを否定したわけではない。しかし、メイドの他にも仕事をしている者がいるというのだろうか。この世界には、メイドとご主人様しか存在しないというのに……。
それとも、ご主人様も仕事をしているというのだろうか。しかし、ご主人様が掃除や洗濯をしているという話は聞いたことがない。いや、メイン・ベスはしているかもしれないが、彼女はメイドなのだから当然だ。
しかし、メイン・ベスが自分のことを示してあのような言葉を言ったとは思えない。
やはり、ご主人様も仕事をしているということなのだろうか。
メイは、自分のご主人様である鉄鎖にそのことを質問しようかと考えた。しかし、その考えはすぐに捨てた。ただでさえ、メイド服のオマケとして置いてもらっている身なのだ。おかしなことを言って愛想を尽かされて放り出されるのは困る。
では、先輩のノノ・ロイーズに質問してみようか。しかし、てきぱきと無駄なく仕事をこなすノノ・ロイーズには、そのような質問を行う隙が無かった。
メイン・ベスに質問するという選択も考えたが、あの後、彼女と出会う機会はなかった。
メイは、悶々とした日々を過ごすことになった。
しかし、メイン・ベスと出会った3日後に、思わぬ機会が訪れた。
その日、昼食ができたことを告げるために、メイは鉄鎖の部屋に向かった。
鉄鎖は床一面に紙と本が散らばった重厚な書斎で、パソコンに向かって頭を抱えていた。
箱の中の表情は見えなかったが、焦燥しきっているように見えた。
メイは、おそるおそる、「昼食のご用意ができました」と告げた。
鉄鎖は、パソコンの画面を見つめたまま答えた。「仕事が片づかない。1時間ぐらいしたら、食事に下りるとノノ・ロイーズに伝えてくれ」
メイは雷に打たれたように驚いた。
仕事が片づかない?
つまり、ご主人様も仕事をしているということだろうか?
しかし、いったい何の仕事をしているというのだろうか?
続く.... §
ご主人様も仕事をしている……。
それはメイには驚愕の出来事に思えた。いったい、鉄鎖の仕事は何だろうか。洗濯だろうか、掃除だろうか、それとも料理だろうか。
次回へ続く。
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
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